ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話12】「修学旅行 ある列車事故」【永遠の碑】

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 ※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

実質的な昭和ラストイヤーである1988年の今頃を語っていきます。



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ちょうど30年前の今頃に高校の修学旅行がありました。

旅程は一週間で 「広島、京都、奈良」というものでした。 これは当時としては結構リッチなものだったと思いますが・・・ 陸路で福島から一気に広島の宮島まで行くという、実にハードかつ大雑把な日程に、若き日の(ひとところに留まっておられない)僕達は悶絶しておりました。暇な方は地図をご覧になってください。その距離というものにビビること請け合いです。さすがは憎っくき長州です。はい。

 

貸しきり状態の新幹線。その中にスピーカーを持ち込み、流行の音楽 (マイケル、ホイットニー、ジョージマイケル、柴田恭兵?太田裕美?)を流しまして・・・それでも8時間ですよ・・・バッテリーも切れるというものです。そして広島にようやく着いても、それで終わりではありません。そこから休憩無く、即バスに揺られまして、さらには息する間もなくフェリーに乗船。向かうは安芸の宮島でありました。

 

そんな修学旅行初日。

 

くったくたの僕たちが宮島のホテルの到着しますと、そこのロビーのTVで

 

「中国で日本の修学旅行の一団が列車事故に巻き込まれた模様です」

 

というニュースをやっていたのです。当然、僕たちも修学旅行中の真っ最中だっただけに人事ではありませんでした・・・というより、旅行中はTVも新聞もその事故報道一色でありまして、逆に目をそむけることなど出来なかったという状況だったのです。

結果的に生徒27名と引率の先生1人がなくなりました。同世代の彼等の死。 とても重いものがありました。

 

そしてこの事故には、僕が個人的にこの事故を忘れられなくなる「もうひとつの要因」があったのです。それはこの高校の修学旅行には、自ら選択できる2つのコースがあったという事なのです。ひとつはこの中国旅行であり、もうひとつは東北旅行だったのです。亡くなった生徒からすれば、結果的にその選択が生死を分けてしまったという状況ともいえるのです。

 

これには僕自分が東北在住者だっただけに、余計に居たたまれない気持ちになりました。「選択肢があった」という事実の辛さ。そこに重なった後悔の数というもの。

 

 

それから6年後

 

1994年の春。

 

大学を卒業した僕は、さらに木彫を習うべく、その道の第一人者である小畠廣志先生の元を訪ねました。あいにく先生はその日は不在で、大きな工房では助手の方がモニュメントの直しの仕事をしていたのです。

僕はそれをしばし見学していたのですが、そこにはそのモニュメントの実際の設置写真がおいてあり、その全体像を観ることが出来たのです。これが本当に僕好みというか・・・とても美しい作品だったのです。

 

実のところ発注モニュメントというものは、これがもう仕組み的に「作家性」が薄いものが多いのです・・・が、その像は違ったのです。僕は強烈に心惹かれるとともに、 これはもう小畠先生にお世話になろうと勝手に決めたのでありました。 思えばこれって確実に作品の力なんですよね。人の人生を動かすほどの。

 

そして僕はさらに気付きました。その写真には

 

「上海列車事故 永遠の碑」

 

とキャプションがつけられていたのです。

 

このときに俺が感じた衝撃はかなりのものでした。

しばらくしてから「あの列車事故の鎮魂碑ですか?」と聞きますと、助手の人は「そうだよ。でもなんか色々あるみたいで、しょっちゅう直しがくるんだよね」と答えてくれたのです。 この事故に関して、学校と遺族の間に隙間がある事を、その時に僕は初めて知ったのでした(東日本大震災の大川小の問題と似ています)。そして30年という時を経た今も、それは完全には決着していないのです。

 

十年一昔というけれど・・・例え20年経っても、さらには30年経っても全く色褪せないもの、そして生々しいものがあるのだと痛感してます。さらには30年経っても、ちゃんと語れないものの存在。どんなに時が経とうが人が秘密にしておきたいものも沢山あるんだと・・・僕のような外野の人間でさえ、30年経った今になっても、あの事故からはこうして色々感じる事があるのです。

 

「永遠の碑」は故小畠廣志の入魂の名作だとおもいます。そして多くの人が、曇りなき真っ直ぐな気持ちで、この碑に向かえる日がくるようにと心より願っております。そして何時しか僕も、この慰霊碑の前で、30年前の事故で亡くなった多くの方々と、さらには小畠先生の魂に手を合わせられたらと、そう感じております。

 

事故で亡くなられた方々の冥福を祈りますとともに、遺族の方々に改めてお悔やみを申し上げます。

 

 

 

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