ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話17】栗城史多氏に捧げて【青のチョモランマ】

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

実質的な昭和ラストイヤーである1988年の今頃を語っていきます。

 

 

 

そちら側の人間

 

栗城史多君を最初に見たのは8年位前のドキュメンタリー番組でした。「元引きこもりのエベレスト挑戦」というキャッチに興味を持ったのです。しかしながら単独でエべレストに挑みつつも、無線で「さむいです」「おもいです」「つらいです」「くるしいです」と弱音を吐きまくり、挙句の果てに

「下山しろっていうんですか!うわ~ん!」

と泣きだす彼の姿に、テレビの前で憤慨(←一番カッコ悪い)してしまった僕でした。

 

 

 

翌日、登山好きの知り合いにそのことを話すと「コロマロは意外とわかってないなあ、栗城くんはそうやって見るものじゃないんだよ」と言われまして、後日、その人は彼の自伝を持って来てくれたのです。そしてその自伝の赤裸々過ぎる内容と、そこから感じる彼の「ナチュラルボーンサイコ」っぷりと言うものに、

「なるほど〜こういう奴だったのか」


と納得した僕は頭を切り替え、その後も何度か繰り返された「栗城劇場」(それはそれなりに人の心を動かせるものだった)というものを、まるでプロレスの試合を見るように楽しんでいたのです。シリアス的エンタメ。リアリティショー。あくまでも彼の軸はそちら側だろうという感じでした。

 

命を落としたチョモランマ 

 

だからなのか、彼が凍傷で指先の機能を失った際に、心配や同情より先に「うーん、らしくないな」という思いが湧いたのです。「そういう『リアル』は見せないのがウリじゃなかったのか?」と。その後もミイラ化した指先の写真をSNSにアップしたりして・・・前までの彼にはっきりと見えていた「軸」というものが、独特の明るさとともに、いつの間に消えてしまったような、そんな感じを受けたのですね。

 

そしてさらに時が流れて・・・今回の訃報が伝えられてきたと。

 

彼が命を落としたエベレスト。そこは30年前の一時期、ネパール語読みの「チョモランマ」と呼ばれておりました・・・まあ正確には「読売グループ」だけがそう呼んでいたのですけど。

 

 

日テレ得意の感動商法

 

30年前の子供の日。日テレを中心とした登山チーム (日本、中国、ネパールの合同チーム) は、史上初の「チョモランマ山頂からの360度パノラマ生中継」を目指し、山頂に向けて最後のアタックをしておりました。登山隊は山を登りながら要所要所にアンテナを立て、山頂にパラボナアンテナをはじめとした中継機器を担いでいったのです。

 

当時、もう高校三年だった僕は

 

「また日テレが張り切ってなんかやってるよ」

 

と24時間テレビ的に、バブル期的に思っていたのですが、生放送 (実際は、望遠カメラでエベレスト山頂付近を写している映像が延々と続いていた) の緊張感と、「8年前は残り90メートル地点で無念の撤退だった」なんていう秘話を聞いているうちに、だんだんとその気になってきたのです。そうです。いつもの如くの思うつぼです。

 

登頂成功

 

そのうちに「登頂に成功した」という無線連絡が来ます。しかしながら肝心要の山頂映像がなかなか届きません。夕方のニュースなどをすっ飛ばして、ずるずると中継は続きますが・・・いつまで経っても望遠映像なのです。しかし、その後

「あ、きた!」「きました!」

と何やら騒がしくなり、いきなりチョモランマ山頂の映像が飛び込んできたのです。

 


チョモランマ

 

NTVの中村進氏が撮影した生中継の360度のパノラマ映像。その美しさ・・・まあ詳しくは、このTUBEを観れば一目瞭然なのですが・・・さんざん待たされたことも加味されて、その鮮やかな青さは心に深く残りました。この光景に、登山好きの皇太子(当時は浩宮)殿下からも「感動しました」とサプライズメッセージが届いたりしたのです。

 

あれから30年・・・

 

あれから30年。あれだけ大袈裟だった映像機器は、小さなスマホひとつで事足りるようになりました。まさしく時の流れというものです。しかしながらエべレストが、あくまでデスゾーンであることには、今もあまり変わりが無いのです。

 

あの日、エヴェレスト山頂から、日本の御家族と生放送でやり取りをしていた中村さん。彼は2008年にヒマラヤ山中で雪崩に巻き込まれて亡くなったのです。そして今回の栗城君の死というもの・・・避けることができないのはエヴェレストの魔力なのかと。

 

だからこそ、あの日の、あの山頂映像から感じた「青」の美しさには、その場に宿命的に漂う「死の匂い」というものが、より一層深みと凄みを加えていたのかなと・・・今はそんなふうに感じたりもしています。山霊にこの思いを捧げて。

 

 

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