ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

ブルガリアン・ヴォイスブーム「1988年の今頃の話」その21 ブルガリアンボイス

スポンサーリンク

※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

実質的な昭和ラストイヤーである1988年の今頃を語っていきます。

 

30年前の今頃の週末、姉貴が「明日の朝、細野晴臣主演のブルガリアの番組をやるみたいだよ。あなた東欧が好きなんでしょ?」と教えてくれました。

 

その時は『まあ3倍モードなら30分くらいビデオが余っているから、とりあえず録画でもしようかな』というような感じだったのですが・・・まさかその後、そのビデオテープを500回くらい見直すことになろうとは・・・。

 

 

 

「旅の街から」

 

f:id:koromaro:20200414211237j:plain

 

1988年の今頃、日曜の朝十時から、テレ朝系で『旅の街から』という番組をやっておりました。それは

 

「思い入れのある一枚の絵、音楽、映画、小説などを旅券代わりにして、それぞれの分野の有名人が、その舞台となった街を訪ねてみる」

 

というコンセプトで作られているものでした。AGFの一社提供だからこそできた「意識高い系&おしゃれ系」の番組ですね。当然、毎週海外ロケであり、主演した有名人本人がナレーションも担当するという、バブル期ならではの太っ腹旅番組だったのです。映像撮影そのものも実に手間暇&金が感じられるものでして、その練りに練られた構図なんてものも、当時の「感受性マックス期の僕」にとっては、とても参考になるものだったのです。はい。

 

その回で細野晴臣が訪ねたのはブルガリアのソフィアでした。当時は東欧革命&ベルリンの壁崩壊の前でしたので、まだまだ「東側」というムードが、画面からも強く視て取れました。まさにミステリアスですね。そのブリガリアから伝わって、世界的に話題になっている「奇跡の歌声」というもの。それを細野は追い求めていたわけです。


「この女声合唱団の何が僕を惹き付けたかというと、この地球上で最も洗練されていて、最もバランスの取れた音楽だと、そう感じたのです」細野晴臣

 

 


旅の街から「ソフィア春の声」細野晴臣1988

 

そして辿りついた歌声というのは・・・まあこの動画を見て頂ければ一目瞭然というか、一聴瞭然だと思うのですが・・・それはあまりにもストレートに、感受性マックス期の僕の胸に、グサッと突き刺ささったのでありました。

 

 

ロマンチストの多い高校


細野さんの番組の翌日、僕は頭の中にブルガリアンボイスを鳴り響かせながら高校へ行きました。そしてその素晴らしさを(まあ、分かって貰えないのを承知の上で)同級生達に熱弁したのですね。すると意外なことに

 

「ああ、俺も見たよ。なかなか良かったよね」

 

という友人が多かったのです。そうです。類は友を呼ぶじゃないですが、イケてない田舎学校なわりに、僕の周りにはロマンチストが結構多かったのです。すっかり気を良くした僕は、放課後、友人たちとともに、ブルガリアンボイスを求めにCDショップ巡りにいきました。

 

ブルガリアヴォイスのCDを探して

 

「バルカン大地の声 ブルガリアの音楽」

 

f:id:koromaro:20200414211756j:plain

 

何軒目かのショップの「民族音楽コーナー」で発見したのが「バルカン大地の声 ブルガリアの音楽」というCDだったのですな。

 

「うーん、細野さんの番組で紹介された曲は入ってないみたいだなあ、、、やたら曲数は多いし、、、」

 

と、若干不安はあったものの、ここは買いの一択です。僕は家に飛んで帰り、早速聴いてみました。そして、、、まあ言うまでもなく「案の定」だったわけで、、、それは

 

「不協和音が美しいブルガリアのコーラス」

 

ではなく

 

「不協和音そのもののブルガリア民謡」

 

だったのでした。

 


Bulgarian Folksong from Koprivshtitsa 2010

 

(↑雰囲気は似てるがこんなにちゃんとしてない)

 

言わば学術的資料なんですな。こんなものは音楽の学者さん以外、生涯無用の代物でありましょう。確かに芸大を目指していた当時の僕ですが、志望はあくまでも彫刻科であり学理科では無いのです。

 

当然、僕の落胆はかなりのものがありました。それは「あぜ道でブルガリアのバッさま達が声の限りに民謡をガナっているようなCD」に大枚をはたいてしまったということもさる事ながら

「多分、この福島でブルガリアンボイスを手に入れるのは不可能なんだろうな。それどころか今現在、ブルガリア語のなにかしらがあるのは、たぶん福島県の中でも、これがあるウチだけなんだろう」

 

という認めたくもない現実に対してだったのです。そう「ググり」も「ポチり」も無い時代。田舎者は何に対しても、ただ憧れるだけの存在なのかと、、、こうして僕の上京願望はさらに高まっていったのでした。

 

 

 「Le Mystere Des Voix Bulgares ブルガリアン・ボイス  」

 

 

文句を長々と書いてしまいましたが・・・

 

実はこの数日後に、僕は同じCDショップで「ブルガリアボイス」の本物(?)のCDを入手したのです。今度は収録曲に細野さんの番組で紹介された「フィレンツェの歌」がありましたので、もう間違いようがありませんでした。

 

さすがは福島。東京に一番近い東北であります。

 


Pilentze Pee

 

僕は今はなき実家の自室にて、遠くブルガリアまで尋ねた細野さんと同じようなテンションで、ステレオから流れる「フィレンツェの歌」に耳を傾けていたのでした。

 

 

ブルガリアボイスを起用したCM集 

 

細野晴臣の「AGFテレビエッセイ 旅の街から ソフィア 春の声」がオンエアされてからしばらくすると、本格的なブルガリアボイスブームが始まりました。わかりやすいのがCMで、はっきり覚えているものだけで、その年は4社も「ブルカリアボイス」をCMに採用していたのでした。

 

 

AGFコーヒー クオリティマキシム


AGF Quality MAXIM Teaser広告 ブルガリアンヴォイス 1988

細野番組を一社提供していたのがAGFでした。番組で紹介されていた「フィレンツエの歌」を採用しています。

 

 

キューピードレッシング


キューピー ドレッシング ブルガリアンヴォイス 1988

このCMで使われている「カリマンクデンク」は、ブルガリアボイスの中で僕が最も愛する曲なんです。CM映像そのものも美しいですね。優れたCMだと思います。

 

 

日立AVテレビ EXCITING-SX  


HITACHI AVテレビ EXCITING-SX ブルガリアンヴォイス 1988

ビジュアルの方が売りの新製品なのに、オーディオが全面になってしまうというパラドックス。まあそれだけブルガリアボイス流行っていたという事ですね。「トラキアの平原から」のシリアス感が胸に響きます。

 

 

HONDAコンチェルト


HONDA CONCERTO 誕生 ブルガリアンヴォイス① 1988

毎回言ってますがHONDAは「コンチェルト」の意味が解ってませんよね(笑)。BGNは「告白」。これは『この想いがあの子に伝わらなかったら、僕は若い娘さんたちが毎日洗濯に来る川辺に埋められてしまった方がマシだ』という、強烈な片思い(?)を歌った歌です。なんだかとても共感します(笑)。

 

名曲「カリマンクデンク」

 

そんなわけで1988年はブルガリアボイスブームの年でした。以降、毎年と言っていいほど来日公演が行われています。

僕もこれまで2度ほど観に行っております。生で聴く神秘の歌声は本当に格別なものがあります。それで僕は一番好きな「カリマンクデンク」をどうしても聞きたかったのですが・・・

 


'Le Mystere des Voix Bulgares' - Kalimankou Denkou (The Evening Gathering)

 

残念ながら2回ともやってくれませんでした (特にそのうちの一回は演奏プログラムにあったのにやらなかったのだ) 。だからいつしか「カリマンクデンク」を生で聴く日を楽しみにして、これからの人生を過ごしていきたいなと思っています。

 

はい。ちょっと大げさだけど。  

 

 

 

 




TOP