ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話31】アントニオ猪木の実質的引退試合【8.8横浜決戦から逃げた男】

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

僕にとっての最大のスーパースター「アントニオ猪木」についての話です。

 

猪木の実質的引退試合

 

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30年前の今日、横浜文化体育館で「藤波辰巳vsアントニオ猪木」のタイトルマッチが行われました。この試合は「猪木の引退試合になるのでは?」と噂された大注目の一戦でした。


実際の試合も期待に応えるかの如く60分フルタイムドローの大熱闘となりまして、日本のプロレス史上、屈指の名勝負として長きに渡り評価されるものとなりました。

 

生観戦

 

大の猪木藤波ファンの僕は、このとき(あくまで)夏期講習参加のために、実に都合良く上京しておりまして・・・おかげさまで運良く(?)試合を生観戦することができたのです。

 

www.nicovideo.jp

 

そしてその事は、それからずっと僕の自慢話になったのです。特にインターネットの時代になってからというと、プロレスファンが集う掲示板などで「8.8横浜決戦!あの日の二人は美しかった・・・そしてあれを観ていない君たちはモグリと呼ばれるよ」なんて、事あるけどに書き込んでいたわけですな。

 

実は試合に集中できていなかった

 

しかしながら・・・30年の時を経て正直に告白しますと、僕はその長い試合の間中、

『終電を乗り過ごしたらどうしよう』

と、心の底からおびえていたのでした。終電と言っても横浜から新宿界隈まで帰ればいいわけで、9時過ぎくらいで焦ることなど何にもないのですが、当時の僕は「丸い緑の山手線」くらいしか知らなかったですからね (ちなみに上野から新宿も山手線オンリーでした)・・・田舎者の少年は都会の電車網に圧倒され、大熱闘に燃える館内で、独り時間攻めという悪魔におびえていたのでした。

 

 

誰よりも早く退出

 

そんなわけで僕は『涙のベルト贈呈式』や『伝説の肩車』など、プロレス史に残る名シーンを観ることは無く、試合終了と同時に真っ先に会場をあとにしたのでした。まさしく脱兎のごとく・・・しわくちゃになった乗換メモを握りしめて・・・

「8.8横浜決戦」と翌年の「プロレス東京ドーム初興行」。

僕は『伝説の両大会とも真っ先に帰った客』として、プロレス史に名を残しているのです。うん・・・とほほ。

 

 

 

www.koromaro.com

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