ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話34】美術系夏期講習の実態【真面目話編】

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

子供たちの夏休みももうすぐという感じですね。サヨナラは八月のララバイです・・・と言いつつ、実は北海道や東北の方の学校は、とっくに夏休みが終わっているんですね。あっちは冬休みが長いぶん、関東よりも10日ほど夏休みが短いのです。

そんなわけで30年前の今頃、僕の通う福島の高校がとっくに始まっているときに、僕はまだ東京に留まり、美術予備校の夏期講習に参加していたのでした。

 

 

石膏デッサン

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前も書きましたが「美術のない高校」に通っていた僕にとってデッサン用の「石膏像」というものは、もはや「芸能人」のような存在だったのです。ですので予備校にて「有名石膏像」に遭遇しては

 

「ジョルジョ!モリエール!パジャント!ガッタメ!」

 

なんて大騒ぎしていたのですね。さらには吹き抜け地下の「大石膏像室」には、実物大のベルベデーレやミロのビーナス、。さらにはモーゼ、ニケ、奴隷、ピエタまでありましたからね・・・本当に東京恐るべしと思ったものでした。

 

摸刻

 

絵画の「模写」の彫刻版が「摸刻」といいます。これは彫刻系志望者にとって、石膏デッサンと並ぶ、重要なトレーニングであるのです。そして僕はこの夏期講習の際に初めて「誰かと一緒に塑像をする」という体験をすることになったのです。

 

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それで講習では最初に「グデア像」を作ったのですが、この時、凄く上手い浪人の人が「グデア像の頭のポチポチ」の数を数えながら、あっという間に「グデア像そっくりの摸刻」を作り上げたのです。これが本当に早くて上手くて、僕にとって実に衝撃的でした。そして僕の中の情熱の炎をガンガンと燃えさせてもらったのです。 

 

僕はたまに「形にするのが速い」と言われることがあるのですが、これはもう確実に「この時の衝撃」が基になっていますね。結局その人はのちに芸大に入りましたけど、今は何をしているんだろうなあと。

 

 

裸婦デッサン

 

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予備校では裸婦デッサンの課題もありました。僕は初参加だったのですが、そこは田舎者の性というか、緊張しているのがばれないように「うん、裸婦なんて僕はいつも描いているよ」という顔をしておりました。そしてそんな僕にとって、

 

「裸できつい思いをして立ってくれている人に対して、感謝の気持ちを込めつつデッサンしなければいけないよ」

 

という若い講師の方の言葉が心に響きましたね。実際に僕も「着衣のデッサンモデル(しかも座りポーズ)」はしたことがあるのですが・・・これが本当にきつかったですね。だからモデルさんには本当に感謝しなければいけないなと感じています。

 

先生の褒め殺し

 

講習はとても面白く人気のある先生が担当してました。そしてその方はかなりの褒め殺しタイプの先生でした。

 

「お前は変な癖が取れれば今年行っちゃうかもしれないなあ」 「お前は進学ではなく作品を作りたがっている。凄いよな」「アヒルは足が駄目だ。でも足さえ良ければ動き出しそうだ」 「冬も来いよ。お前は貴重な戦力だ」

 

とか・・・今思えば「先生、閻魔様に舌を抜かれれますよ」という感じもするのですが、当時の亀田弟状態の僕は、その言葉を真に受けて、実に御機嫌に頑張っておりました。そしてそうしているうちに1988年の充実した夏が過ぎていったのです。

 

 

つづく

 

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