ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話36】地方との教育格差【代々木青少年会館】

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

30年前の今頃、夏期講習参加のために上京していた僕ですが、時間が経つにつれ「苛立ち」のような感情が沸いてきたのです。それは都会と地方の環境格差というものでした。

 

 

地方との教育格差


最初は「東京は凄いなあ。美術専門の予備校があるんだもんな」とか「東京は凄いなあ。東スポが夕刊なんだもんなあ」なんて素直に思っていたのですが、それが時間が経ってくると

 

「こんなの不公平じゃないか!こっちの人間は恵まれすぎだろ!」

 

という思いがふつふつと込み上げてきたのです。要は恵まれた環境に胡坐をかいていてハングリーさが足りないと。さらにそれに加えて、こちらでは「美術は数ある選択肢の一つ」という、なんとも醒めた感じの人が数多く見受けられたことにも、当時の僕はかなりの苛立ちを感じていたのです。

 

地方組の誘い

 

そんな折、僕は僕と同じように地方から夏期講習に参加しているニノミヤという男と仲が良くなっていきました。空手をやっていてガタイが良く、更にはデッサンの方の粗削りなダイナミックさにもかなり魅力を感じていました。

 

「俺の泊ってる所に遊びに来なよ。みんなを紹介するよ」

 

ある日彼に誘われて訪ねたのが「代々木青少年会館」というところでした。そこは東京五輪(前のやつね)の元選手村だったところで、僕は当時盛んだった「中国残留孤児調査活動」の定宿だったことから名前だけは知っていたのです。

 

人間飽和状態

 

実際に訪ねたそこは、正に迷宮というか・・・二段ベットまみれの狭い室内に、万国旗状態に干された洗濯物のウェーブ。そしてハイティーン男子の様々なものがとっちらかりまくりの床。そしてそんなむんむんとした室内で、パンツ一丁で花札に興じる翼なき野郎ども・・・まさに人間飽和状態。明らかに部屋の大きさと、そこに泊まる人間のバランスがあっていませんでした。

「こんなところに残留孤児の人たちは泊っているのか!」

というのが、最初に率直に感じた感想でした。ちょっと日本政府はひどすぎないかと。

 

キレてる野郎ども

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そんな僕に対して、頭にタオルを巻いた目つきの鋭い男が声を掛けてきました。

「ニノミヤのトモダチかよ!彫刻はフレンドリーだなあ!」

彼だけではなく、ここにいる地方出身の野郎どもは超ハイテンションなのです。そしてしばらく一緒に飲んでいると

 

「ツノダ君だっけ?これからみんなで共産党本部にロケット花火を打ち込みに行くんだけど、せっかくだから一緒に来ない?」

 

何てとんでもない事を言い出すわけです。僕はすっかりビビってしまい、早急においとまさせて頂いたという話なのですな。

 

まあ念のため申しますと、彼らに何か政治的信条があったわけではないのですね。あくまでも「集団覚醒世紀末退廃的暇つぶし」なのです。だから単純にそこが代々木だったから「共産党本部」になったわけでして、もしそれが目白だったとするならば、たぶん標的は「田中邸」になったのでしょう。はい。

 

既に充分に恵まれていた


そんなわけで僕は

「自分だけがハングリーと思っていたけど、上には上が・・・いや、下には下がいるんだなあ・・・」

と反省したわけです。はい。そしてその時はそんな思いが精一杯でしたが、さらにそこそこ大人になった今思えば・・・そもそも僕にしろ青少年会館組にしろ

「上京して夏期講習を受けられる」

という時点で、もう、それは本当にとてつもなく恵まれている事なんですよね。うん。そんな贅沢はなかなか有り得ない話しなんだぞというね・・・そしてそれが解らなかったのが・・・やっぱり若さなんだろうなあと今にして思うわけです。

本気で反省ですね。様々な人や物事に対して・・・はい。


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