ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話37】夏期講習打ち上げ飲み会【ロケット花火と赤いランプ】

スポンサーリンク

※ここは常に30年前の話をするカテゴリイ

 

現役夏期講習上京編の最終回です。

 

f:id:koromaro:20200424212139j:plain

 

 

東中野は変わったようで変わりない

 

30年前の今頃、夏期講習参加のために僕は上京しておりまして、1988年の夏の間中、東中野の従兄の家に居候していたのですが・・・今、世の中を騒がせている「元モー娘。飲酒ひき逃げ事件」の事故現場として、昨日からやたらと、その「東中野駅前」が映るのです。そしてそれは僕の知っている「東中野駅」とはあまりにも違う都会的な光景でありまして、かなり衝撃を受けたのです。

 

まあ何と言っても30年経ったわけです。昭和の終わりと平成の終わりですから「そりゃあ何もかも変わっていてもおかしくないよな」なんですね。そんなわけでしょんぼり気分でグーグルマップを見てみたのですが・・・実際にはあまり町並みが変わっていなかったという・・・綺麗になったのは山手通り界隈だけでして、あの「東中野銀座」も「骨法が入っていた謎の雑居ビル」も、さらには僕が住んでいた「何たらマンション東中野」も、全てあの頃のままだったのです。

 

グーグルマップは凄い

 

まあ日本経済の発展を思うと、その変わり映えの無さに対しては、もう嬉しさ半分という感じもあるのですが・・・やはりとっても懐かしく、久々にあの辺を見る事が出来て嬉しかったですね。そして「グーグルマップすげえ…」とも思いました。現地に行かなくてもバーチャルで歩けるんだもんね。ほんとに。

 

7割は未成年の打ち上げ飲み会

 

いよいよ夏期講習も終了の時になりました。17→18歳の夏。自分自身の感受性がマックスの時期に、そして日本の経済の調子がマックスな状態の東京にいたわけですから、それはその後の人生においても、大きな大きな分岐点となる出来事になりました。

 

予備校では最終日に飲み会をすることになっていました・・・まあ参加者の7割は10代だったと思うのですが、当時は今と違って未成年の飲酒喫煙にはかなりユルい時代でして、世の中が全体的に「まあ18歳以上なんだからいいんだろう。たぶん」というファジーな空気でしたね。はい。

 

場所は例の「ジョイタイム」の上の階にある小汚い居酒屋でした。そしてその飲み会には、OBだかなんだか知らない人が多数参加していたのです。ではそんな1988年の夏の終わりの一コマです。

 

ポスターの人現る

 

飲み会中、僕は自分の斜め後ろに座っている人がどうにも気になっておりました。「この人、前に絶対に見たことがある」というデジャブ感ですね。すると僕の視線に気が付いたのか向こうから話しかけてくれたのです。


「よう!」
「初めまして、福島から上京してきたツノダです」
「おお、今、ムサビに行っているアキヤマだよ」
「以前、お会いした事があるような気がするのですが?」
「ああ・・・あ! たぶんポスターじゃないの?」
「ポスター??」
「予備校のポスターだよ。夏期講習かなんかの」
「あ、あああっ!」

 

そうなんです。僕が実家で見ていた代ゼミの広告に「メガネをかけた男の人の自画像」がでかでかと出ていたのですが、目の前にいる人が、まさに自画像の本人だったのです。

 

「凄い!本人だ!」

 

と驚く僕は、その後、しばらくしたのち、ムサビに入ることになるのですが、このアキヤマさんには色々と優しくして頂いた思い出があります。今は超有名な造形会社の代表として活躍されているご様子で、それをとても嬉しく思っております。

 

 

年下を潰す

 

飲み会が進むと斜め前に座っている一歳下の高校生がヘベレケになっておりました。僕は面白がってどんどんどんどん酒を勧めました。その後しばらくして酔い覚ましに外に出ますと、近くの公園が何だか騒がしいのです。

 

気になってのぞいてみますと・・・さっきの高校生が地面を砂だらけになりながら芋虫のように蠢めきつつ、誰かの名前を叫んでいるのです。まあ状況的には「シンゴ―!シンゴ―!」ってやつですね・・・介抱している優しい人々がいたので、僕はそれを見て見ぬふりをして素通りしました。「たぶんもう彼と会う事もないしな」と・・・。

 

ゲイの人と初対面

 

その方面の理解が進んだ現在は「LGBT」という言葉が全面に出てきたり、「レインボーフラッグ」という象徴的なものが出てきておりますが、当時は「おかま、ゲイ、レズビアン」という区切りで、それもあまり表立ったものではなかったのですね。

 

特に思想がかなり保守的な福島(要は田舎だな)に住んでいた僕は、それまで実際にそういう人に会ったことはなかったのですが・・・まあ実際には会ってはいたんだろうけど、それを公言しているような人はいなかったです・・・この時期に「自分はゲイだ」という人と一緒に飲んだのは、僕にとっては大きな経験でした。

 

僕はそれまで「セクシュアル・マイノリティ」というと、美輪明宏やピーターのように「女装している人」だと思っていたのですが、いわゆるゲイの人はそうではなくて普通の男の格好をしているわけなのです。当たり前といえば当たり前の話ですが・・・ですので飲んだりして、じっくり話すとそれが解ってくるという・・・あの人は今何をされているのだろう?

 

 

よかちん

 

しばらくすると僕と同い年の女の子が「一升瓶」を持って立たされて「よかちんをやれ!」と囃されだしました。僕は「よかちんってなんだ?」という疑問を持ちながらその光景を眺めていたのですが、女の子は恥ずかしそうにもじもじするだけで、なかなかその「よかちん」なるものをしません。すると多浪の人が

 

「全く使えないやつだな!おれがやる!よこせ!」

 

と一升瓶を奪い取り「美術の世界では超有名な宴会芸」という「よかちん」を披露してくれたのですね。

 


よかちん音頭(カラオケ)アレンジ版

 

 

僕はそれを見つつ「俺はもっと青山チックでハートカクテルチックでアーティスティックな、オシャレ世界に来たはずではなかったのか?」と、なんとも薄汚い居酒屋の中で自問自答しておりました。はい。

 

 

深夜の打ち上げ花火

 

飲み会が終わると終電が無くなっておりました。それでみんなで新宿のビル街の向こうにあるナギラさんの家に行くことになりました。しばらく歩いていると講師の人が「花火やろうか?」と言い出しサンチェーンに入っていきました。

 

「そういや夏の終わりだしな。風情があるなあ」

 

なんて僕がしみじみ思っておりますと、戻ってきた講師の人が手に持っていたのは大量のロケット花火だったのです。

 

「うーん、なんでみんなそんなにロケット花火が好きなんだよう」

 

と僕が半ば呆れておりますと、みんなが嬉々としながらビル街の合間でロケット花火を手で投げ始めたのです。深夜のビル街に響くロケット花火の炸裂音は物凄いものがありました。僕も最初はしり込みをしていたのですが、

 

「まあ大人の人も楽しそうにやっているし、ここはもう何事も経験だな」

 

と一緒にロケット花火を投げ始めました。そしてしばらくすると背後に視線を感じたのです。

 

それは中尾彬のような警察官でした。中尾は僕と目が合うと「おい、お前ら通報されているんだぞ」と静かに言ったのです。僕はすっかり固まってしまいました。するとそれに気が付いた講師の人が

 

「ああ、お騒がせしましたね。僕と一緒に行きましょう!じゃあみんな今日はこれで解散な!」

 

と中尾彬と肩を組んで夜のビル街に消えてしまったのです。ちなみにその講師の人の姿を見たのはそれが最後でした。

 

新兼荘(しんかねそう)

 

その後、ナギラ邸に向かう人数は14~5人おりました。みんな大騒ぎです。「ナギラさん家って大きいんですか?」と僕が聞くと、先ほど「よかちん」をやっていた人が

 

「新兼荘?4畳半だよ。あ、あと床の間があるか」

 

と答えてくれました。僕はそれを聞いて

 

「あ、僕ここから歩いて帰れます。この夏はお世話になりました」

 

とそっとその場を立ち去ったのです。

 

「俺はマンションの6畳フローリングで独りで寝るんだよ。誰がそんなとこ行くかよ。ましてや住むなんて・・・」

 

 

と、心の中で思いつつ東中野に向けて走り出しました。目印のペットショップ(と言っても怪しげな蛇とか売ってる店)に着いたところで僕は振り返ってみました。すると西新宿のビル街の赤ランプが線香花火のように赤く点滅しておりました。


f:id:koromaro:20200424213359j:plain



 

僕はそれを見て

 

「必ず戻ってくるよ」

 

と心に誓ったのでした。そうして僕の高校生活最後の、そして、昭和という時代の最後の夏が終わっていったのでした。

 

つづく


 

www.koromaro.com

www.koromaro.com

 

スポンサーリンク