ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

氷室、尾崎、オフコースラスト【1988年の今頃の話 その41】この頃の邦楽

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

昭和最後の秋に流行った邦楽話ですね。


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「FLOWERS for ALGERNON」 氷室京介

 

「ツノダは尾崎を買うんだろ?俺は氷室を買うからあとで交換しようぜ」

と、高校の同級生に言われたことを昨日のことのように思い出します。そいつとは別に仲のいい友達ではなかったのですが、邦楽の話だけはウマが合ったというか、たまに目が合うと(?)その都度、深く話し込んでいたのですね。まあそれはさておき・・・

 

BOOWYの解散から半年過ぎてソロ活動を始めた氷室京介。これは皆が思っていたよりもかなり早い活動再開でありまして・・・その中でギターの布袋の穴は誰が埋めるのだろうという感じだったのですが、これがまさかのチャーリーセクストンだったという・・・。なんだか「こいつならどうだ」という氷室の意地を感じましたね。

 

音楽そのものは・・・正直、このアルバムを聴いてBOOWYを再評価してしまったというか・・・そんな感じでしたね。もちろんソロアルバムは悪くは無いのだけれど、なんというか「これにリアルタイム感は無い」という・・・BOOWYは80年代という時代そのものだったんだなと感じました。

 


氷室京介/DEAR ALGERNON KING OF ROCK SHOW

 

 

「街路樹」 尾崎豊

 

夏期講習で上京していた僕が、福島に帰った次の日に買ったアルバムです。本人曰く「作りたくないアルバムを作らされた」とのことですが、正にそんな感じのアルバムでしたね(苦笑)。


toki ozaki yutaka

 

ちなみに、このアルバムは発売が延期に延期を重ねていて、この一年以上前から「アルバム発売が未定なのにアルバムタイトルのコンサートツアーが行われていた」というめちゃくちゃぶりだったのです。ちなみに僕も「尾崎豊”街路樹ツアー”の福島公演の最前列のチケット」をペアでゲットしていたのですが(実話)、「体調不良による中止→覚醒剤使用による逮捕」だったという・・・まあ、されはさておき、

 

僕は1988年の夏期講習の上京中は、憧れの東京を舞台にずっとハイテンションでおりまして、それゆえ都会のマイナス部分をあえて見てみぬふりをしていた感じがあったのです・・・が、まさか帰郷翌日に、それを音楽という形でぐっさりと心に突き付けられるとは思わなかったです。「ああ、都会って、底なし沼というか、ホントはこういうところが無限にあるんだよな」と改めて思い知らされました。だから鬱屈というか、陰鬱というか・・・そんな印象があるアルバムですね。

そんなわけで、正直あまり聴かないアルバムなのですが、それ故に、逆にこれを聴くたびに、あの当時の空気がまるで真空パックされていたかのように、はっきりと思い出されるのです。

 


街路樹 尾崎豊

 

「街路樹」 ツアーのCMで流れていたので、アルバム発売の2年くらい前にはとっくに完成していただろう曲。色々雑だなあと。

 

 

「Still a long way to go」 オフコース

 

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当時はまだわかりませんでしたが、これがオフコースのラストアルバムになりました。先行シングルの「君住む街へ」がなかなか侮れない名曲だったので、期待マックスでアルバムを購入したのですが・・・このアルバムの出来の悪さというものに相当ガックリしました。

たぶん、このアルバムを通して聴いたのは最初の一回ぐらいですね。バンド内が空中分解していることが丸わかりの酷いアルバムで、音作りというかミキシングも、まさか「これが完璧主義のオフコースのアルバム?」と思ってしまうほどの雑さなのでした。

 


君住む街へ

 

この「君住む街へ」は小田和正本人のお気に入りの曲なのですが、この曲以外は本当に酷いありさまなのです。うーん、解散、やむなし・・・

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何だか三枚ともネガティブに書いてしまいましたが・・・当時、高校三年だった僕は、そろそろ様々なものと卒業するべき時期にいたのでしょう。だから必要以上に厳しく当たっていたのかもしれません。そしてそれは音楽だけではなく、街であったり、恋人であったり、家族であったりしたのだろうなと、そんな事を今さらながらに思ったり、そして反省したりしています。


 

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