ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【昭和63年の今頃の話44】ゲイの世界への誘い【禁じられた色彩】

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです。

 

平成最期の1年に、昭和の最期の1年を振り返るお話です。
今日は当時、僕がそちらの世界に行きかけた話です。

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娘の質問

 

現在僕には中二病絶賛発症中の娘がいるのですが、彼女はかねてより差別問題に関心があり、このところLGBT問題に目覚めております。そんなわけで暇さえあれば色々と聞いてくるのです。もちろんそれは悪い事ではないのですが・・・しかしながら「昔のパパはこの問題についてどう思っていたのか?」と聞かれると、何気に言葉に詰まったりもします。30年。やはり世の中の意識も、そして僕自身の意識も相当変わりましたね。


ひっそりと置かれていた本 前編

 

30年前の僕は自分で言うのもなんですが、容姿端麗な高校3年生でありました。

そして

・最愛の映画は「戦メリ」
・少女漫画をこっそり愛読
・ジュルジュドンのボレロをヘビロテ
・三島由紀夫にハマり始める
・男子校

 

という「満貫一歩手前」の少年でもあったのです。

 

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そんな僕はその年の夏休みに上京し、美術予備校の夏期講習の打ち上げに参加するのですが、そこで人生で初めて(カミングアウトしている)ゲイの人と出会ったのでした。まあその時はごく普通にお話ししただけだったのですが…福島の田舎者にとって、それはなかなか刺激的な経験だったのです。

 

そして夏が終わり、福島に帰った僕は、あの日に打ち上げでお会いしたゲイの人の事を思い出し「ちょっとその世界を覗いてみようかな」という好奇心に駆られたわけですな。

 

向かうは博向堂書店のH本コーナーです。そこのいかにも「ここなら人の目につかないですよ」的な場所に、ゲイ雑誌がひっそりと置かれていたのです。そう、あのゲイの人がいっていた通りの場所にでした。

 

有難い事に周りに人はいません。僕はその中の一冊を素早く手にしました。

今となってはそれが「さぶ」だったのか「サムソン」だったのか「薔薇族」だったのかはハッキリしません。しかしながら僕はその文芸誌のようなサイズの怪しげな雑誌を、そこで確実に手にしたのです。

 

つづく

 

氷室京介「ANGEL」PV

 

前にもお話しした通り、この年に氷室京介はソロデビューしたのですが、そのデビューシングルのプロモーションビデオが、なかなか衝撃的…というより、「何でこうしちゃったの?」というような「とんでもビデオ」だったのです。

 

www.nicovideo.jp

 

その強烈な内容について、詳しく説明できる自信が僕にはありませんので、ここは二流大学生のようにWikiからコピぺさせて頂きます。

 

 

以下引用

ーーーーーーーーーー

PVは、どこか不自然さのある女性が序盤に登場するが、中盤においてこの女性の正体が、かつて仲が良かった姉が死亡し、(服装から恐らくは葬儀の後で)教会の聖母マリア像に祈りを捧げ、それからしばらくして姉が使っていた化粧を自分に施すことがきっかけになって女装癖に目覚めた男性だと判明する内容である。また、この女装男性にとって憧れの姉が、彼の「天使(ANGEL)」であるという表現が成されている。

ーーーーーーーーーーー

引用終わり

 

 

いやはや・・・・僕はこのPVを見て

「今後、何があっても女装だけは絶対にしないぞ!」

という誓いを立てたのでありました。

 

実際、この人生において、パーティーなどで「女装を要求される機会」というのは三度ほどあったのですが・・・僕はたとえ「空気を読め」とか「ノリの悪いやつだ」と言われようが、それらの全てを断ったのですね。そしてそれは、その世界への誘いというものと、そしてその(ある種の)危険性というものを、僕が人並み以上に意識していた事の現れだったんだろうなと今にして思っています。



ひっそりと置かれていた本 後編

 

ゲイ雑誌を手に取った僕は過度な緊張に襲われながらも、なんとか表紙をめくってみました。すると僕の目に飛び込んできたのは阿鼻叫喚の地獄絵図、、、ではなく、意外な事に、あのベン・ジョンソンのカラー写真だったのです。

 

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当時はソウル五輪が真っ盛りでして、各雑誌はジョンソンやルイスをこぞってグラビアで取り上げていたのですね。だから僕は

 

「こういう雑誌でも巻頭グラビアは時事ネタなんだね。なんだかビビって損したよ」

 

と、一瞬思ったのです。そう「意外とフツーじゃん」と。しかし、すぐに僕の目は「写真のキャプション」に釘付けになってしまいました。なんとそこには

 

『ベンちゃんの美味しそうなプルル〜ンお・し・り! 思いっきりナメナメしちゃいたいわぁ〜!』

 

と書かれていたのです。そうなんですね。例え時事ネタでも、ここの世界での取り上げ方は一般的なものとは全く異なるわけです・・・。

 

僕はこの文章の持つ「超排他的な破壊力」と言うものに、一瞬にして打ちのめされてしまいました。そして先程まで猛烈にたぎっていた好奇心というものも、頭のてっぺんからすうっと抜け去ってしまいました。こういう圧倒的な現実と言うものは、時に人に対して残酷であったりするのですね。そう、あの井上尚弥のモンスターパンチのように、、、

 

「やっぱり甘い世界ではなかった・・」

 

僕はそのまま表紙を閉じました。そしてまるで小型爆弾か、もしくはデスノートを扱うかの如き慎重さで、その本を元に戻しました。そして後ずさり。逃げるようにその場を立ち去ったのでした。

 

結局、興味本位でゲイの世界を覗きに行った僕は、ベン・ジョンソンという屈強な門番に門前払いを食らったという話なんですね。恐るべしベンの尻。アナボリックステロイドをプスプスと刺しまくっただけの事はあります。

 

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しかし思うのですが、もし巻頭グラビアがベン・ジョンソンではなく、あの体操の「清風コンビ」とか、あるいは競泳の「グレッグ・ルガニス」だったとしたら・・・果たして僕は扉の向こう側に行ったのでしょうか?

まあ今となっては解りませんが、僕はその後の30年間という人生を結構気に入っていますので、これで良かったんだよなとしみじみ感じています。

 

「光GENJIへ」

 

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元フォーリーブスの北公次が「光GENJIへ」というタイトルのジャニーズ暴露本を出版したのもこの頃でした。実名で書かれたあまりに生々しすぎるその内容には、さすがの僕もドン引きしてしまいました。そして同性愛に対する一般的な印象もかなりマイナスなものになっていった感がありました。

 

そしてこの出来事は人気絶頂(これは本当に凄い人気だった)だった光GENJIに大きな影を落とすのです。

 


【大塚食品】 マイクロマジック☆チンチンポテト&チンチンシェイク CM全集 【全8種】

 

♪ぼくのポテトはちんちんちん
 ちんちんポテトマイクロマジック♪

 レンジでちんすりゃ ハグハグホクホク 
 ちんちんポテトマイクロマジック♪

 

というCMも、もはや全く笑えない状況になっておりました。実際に彼らをはじめとするジャニーズ勢の売り上げは急速に減少したのです。以下またしてもWIKIより引用

ーーーーーーーーーーーーーー

また、同書が出版された直後にジャニーズ事務所所属のアイドルのCDの売上が軒並み落ちている。売上低下に対抗して、光GENJIは7パターンのジャケットとメッセージカードを封入したシングル『太陽がいっぱい』を発売するも、全盛期の売上には届かず。次作の売上は半減してしまい、その後もCDの売上は下降する。少年隊もデビュー5年目の1989年にリリースされたシングルは『まいったネ 今夜』のみとなり、以後、急激にCDリリースのペースが落ちていく。その後に到来したバンドブームの盛り上がりと共に歌番組やアイドル番組が次々終了していき、それから数年の間、TVでジャニーズ事務所所属のアイドルを見かける機会は以前に比べて確実に減少し、ゴールデンタイムの人気番組で華々しく扱われる事も少なくなった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

以上、引用終わり。

要はこのスキャンダルのせいで、SMAPのブレイクまでジャニーズの低迷期が続いたという話なんですな。はい。

 

世界エイズデー

 

この年から「世界エイズデー」が始まりました。エイズの防止、エイズ患者やHIV感染者に対する差別および偏見の解消を目的としたものだったのです。

 

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そしてそれが定められるという事は、それだけ当時の世界ではエイズというものが大きな問題になっていたのです。そしてHIV抗ウイルス薬治療が確立する前に染み付いた「不治の感染症」という負のイメージは、感染ルートの一つだった男性間同性愛者への排除の動きへとそのまま直結しておりました。

 

という感じですね。

 

1988年のLGBT事情。Gばかり矢面に立っている印象ですが、逆にLBTに至っては議論にすらならず、全く市民権が無いような状況でした。そしてここから30年経ちましたが、LGBTに対する積極的な問題提起が(ある程度)行われるようになったのは、ごくごく最近のことのように感じています。

 

 

 

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