ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

シブがき隊の解隊【1988年の今頃の話56】

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

昭和末期にひっそりと歴史を閉じたジャニーズグループについてです。


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 パパブッシュ亡くなる

 

パパ・ブッシュが亡くなったのですね。冷戦の終結と湾岸戦争の開始という、かなり大きな仕事をしたわりに、なんとも地味だった印象はぬぐえません。まあ前任のレーガンと後任のクリントンが派手でしたから・・・

 


父ブッシュ元大統領死去 94歳

 

彼が大統領になったのはちょうど30年前の今頃でした。大統領選の相手だったデュカティス氏も、これがまたなんとも地味な候補でありまして、この時の選挙はあんまり盛り上がらなかった記憶があります。

 

それに大統領になったのちも、ロンヤスなんかとは違って、彼がリップサービスレベルでも日本に微妙な距離を置いていたのは、彼の意識の奥底にある(差別意識とは違う)日本人に対する忌諱がそうさせていたのでしょう。

 

バブル期に限りなく接近しつつも、どうしても埋まらなかった日本とアメリカの隙間。パパ・ブッシュはそれを体現しているような人でした。

 

シブがき隊解散

 

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1988年の解散と言えばBOOWYに尽きると思うのですが、その裏で、ひっそりと解散ならぬ「解隊」したのがシブがき隊でした。実際、この年のシブがき隊はなかなか厳しいものがありました。

 

 

・少年隊、光GENJIのみならず男闘呼組にまで抜かされる
・ホノルルマラソンにメインゲストで挑むも全員リタイア
・モックンとフックンが役者で成功しヤックンがぼっち
・福島競馬場納涼祭特設ステージで熱唱

 

というね・・・これがもうなかなかの悲惨ぶりでして、実際に彼等は「解散特需」も特にないまま、ひっそりとシブがき隊の幕を下していったのです。

 

 


シブがき隊 NAI・NAI 16

 

 

 

なぜシブがき隊は解散したのか?

 

これに関しては各人が証言しております。

 

本木雅弘

「15歳でドラマデビュー、翌年にアイドルグループ『シブがき隊』で活動し始めました。デビューイベントがデパートの屋上だったんですけど、恐ろしい数の女の子が来ていて、こんな若造に熱狂することに引いてしまった。以来、物事を俯瞰して見てしまうことがありました」

「辞めたいと言ったら、布川さんは『本木が言うならいいよ』と言ってくれました。薬丸さんは続けたいという気持ちがあったと思います。私が暴走して解散という結果になった」

 

薬丸裕英

「チェッカーズ、吉川晃司、少年隊の出現で、われわれはファンを取られたっていうのは、紛れもない事実。なのに、チェッカーズと本木、布川が仲良くしてるから、それはおかしくないかと憤慨していたら、シブがき隊が2対1に別れてしまった」

今後の方向性の話になった際、ある人(本木)から『辞めたい』という話があって、『僕はそれぞれにソロで仕事しても、また3人で戻ってきて、特番やったり、グループの活動すればいいじゃないか』って考えでまとめようとしたんですけど、そこも2対1で意見が分かれてしまった」

 

布川敏和

「もともとTBSが選んだ3人で、ジャニーさんがセレクトしグループではなかった。給料は親に振り込まれていたのでプロ意識もあまりなく、逆にちゃんと仕事をしたかったので、自分はかなり早い段階から辞めたいと言っていた」

「なだめられて続けていたが『少年隊』の出現で『俺ら終わったな』と感じ『このままシブがき隊として、おじいさんまでやっていけるのか?どうせなら人気のあるうちに解散しよう』と、3人で話し合って決まった」

「最初は3人とも仲が良かったが、ヤッくんとは『チェッカーズにファンを取られたのに、なんで仲よく遊んでいるんだ!」と怒られたりして、途中から仲が悪くなった。モッくんは『B型の間にいるA型は辛いよ』と漏らしていた」

 

というわけで、3者の話にはそれなりの一貫性がありますね。

 

その後のシブがき隊

 

モッくん


【1990 CM】大塚ベバレジ シンビーノ・JAVATEA

 

むしろシブがき隊が足かせだったモッくんは解隊を期にイケメン路線で大ブレイク。バブルを代表する二枚目タレントになりました。

 

フッくん


【懐かしいCM】ファイバーヌードル 布川敏和

 

ドラマでの二枚目半路線がウケたフッくんは俳優活動を中心として、バラエティーなどでも活躍していきます。

 

ヤッくん


食糧庁 ごはん食PR CM 【薬丸裕英】 1990

 

そしてそのどちらにも舵を切れなかったヤッくんは「仕事に行くふりをしてジムに行っていた」という長い不遇の時代を過ごしますが、90年代半ばに番組MCでようやく自分の立ち位置を確立していきます。

 

何年か前に、そんなヤッくんの番組にモッくんが出演した際、二人がお互いに敬語でしゃべっていたのは、なんとも寂しくもあり、でも「男関係あるあるだよな」と思ったりしたものでした。

 

うん。もちろん寂しいですけどね。
でも時が流れれば、たとえどんなに近い関係でも、いろいろとかわる事もあるのだと。


 

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