ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【福島からの巣立ち】1989年の今頃の話14(最終回)

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※ここは常に30年前の話をするスレッドです

 

なぜか今更、30年前の僕の受験期を超長文で振り返るお話です。今日はいよいよ受験編の最終回ですね。

 

さてさて。

このところだいぶ暖かくなってきて、冬というより春という季節になってきました。まあ春も花粉やら増税やらなにやらありますが、やっぱり春っていいものです。

 

 

そして僕は途方に暮れていた

 

それで30年前の春はというと・・・僕は浪人開始の春ですね。残念ながら現役での大学受験に失敗してしまい、ふと気付けば、それ以降の人生のレールというものが突然途絶えてしまったのでありました。

そこまでの僕の人生というものは、今にして思えば、自分の自由意志とは関係ないところで「ベルトコンベア式」に前に進んでいた感じだったのですね。だからいきなり道がなくなり途方にくれてしまったわけで・・・結構焦って色々決めてしまったというか・・・

 

新兼荘

 

芸大入試終了後、そのまま東京に残った僕は、面倒見のよい先輩にお世話になりつつ上京の準備を固めていきました。勢いで契約した部屋は新宿のボロアパート「新兼荘(しんかねそう)」です。そう、あの夏の日に14人も宿泊した伝説の4畳半です。まさか自分がそこに住むことになろうとは・・・半年前は本当に全く考えていなかったです。

 

 

そして予備校はそのまま代ゼミで仮契約をしてしまいました。芸大入試は大学入試の中でも特に遅いのです・・・終わればもう新年度目前。そんなわけで、取り合えず自分の居場所を確保しなければという思いがとても強かったのですね。はい。

それで今思えば、何もわざわざ住む場所を新宿にしなくたってよかったのです。どう考えても治安が悪すぎるし部屋も劣悪です。そもそも西新宿なんて、その街のコンセプトからして「人が住む街」ではないのですな。だからスーパーみたいなものはないし、コンビニだって営業時間が7am-11pmなわけです。吉倉と方木田に24時間営業のセブンイレブンがあった福島よりも完全に住み辛い街でした。

 

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さらには予備校だってもっとじっくり選ぶべきだったかなあとも思うわけですが・・・まあ今となってはそれは言わない約束ってものだし、やっぱりそのおかげで色々あったわけですしね。要はパラレルワールドなんかいらない。人生ってそういうものだと改めて感じてますね。


スケボーと卒業パーティー

 

そんなわけで福島に帰り親に事情を話した僕でした。絵にかいたような事後承諾です。父親は勝手にいろいろ決めてしまったことに対して一瞬難色を示したものの、結局は快く送り出してくれることになりました。両親に対してはもう、感謝感謝で言葉も無いほどですね。本当に。

 

ですが、そのあとちょっとした事件があったのです。

 

福島を出るにあたり、仲の良かった(今でも良い)友人2人と最後に遊ぼうということになりました。春からは別々な道になりますからね・・・そんでスケボーで山くだりをしようってことになったのです(小学生かよ)。

 

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まあ山って言っても城跡山であり、そんなに大したもんじゃないですが、それでもスケボーで下るのはちょっと無茶だったかなと思うのですね。実際、派手にこけてしまい、右手をグッキリやってしまったのであります。

まあグッキリといってもはっきりと折ったわけではないし、ここでおとなしく治療しておけば良かったのですが・・・そのあとでディスコ(死語)に行って、何も考えず腕をぶんぶん振り回し夜通しフィーバー(死語)したという若気の至りなのでした。まあ高校の卒業パーティーみたいなもんだし・・・

 

利き腕負傷

 

 

 

しかし翌日。激痛とともに腫れあがったのが僕の右腕でありました。 まあ捻って飲んで暴れたら当然の話なのですが・・・それで慌てて行った病院で捻挫の診断されたわけです。そんなわけでギブスで手を釣って家に帰ると

「これから絵の勉強で上京する奴が何をやっているんだあっ!」

と、父親に激怒されてしまいました・・・全く持ってごもっともです。

そしてこの時の父親の怒りは史上最大級なのでありました。何も最後の最後にそうならなくても・・・僕は福島で最後となる日をオドオドと過ごし、まるで夜逃げをするがごとく上京していったのでありました。感謝の言葉を言うでもなく・・・全く持って情けない限りですね。

 

さよなら福島

 

こうして僕は福島という北の国から旅立ったわけなのですが、それはあの「北の国から87 初恋」ような、

 

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さらには「尾崎豊」の「坂の下に見えたあの街に」のような、

 

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さらにはさらには「銀河鉄道999」の

 

「男の子が、若者が、一生に一度は迎える旅立ちの日が来たのね。 負けることなど考えてもみない。 そして、生涯忘れることの出来ない旅立ちね。 鉄郎、あなたの旅は今、始まったのよ」

 

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のような、

 

 

 

 

いわゆる感動的な巣立ちにはならなかったわけなのであります。

 

そしてその後、姉に聞いた話なのですが・・・このときの引越し代というのは、業者のトラブルにより、たったの5000円しか請求されなかったそうなのです。だから父親はその後しばらくの間

 

「息子さんはどうされているんですか?」聞かれると

「あいつは5000円で東京に売っぱらった」と答えていたそうです。

面目ない・・・ほんと申し訳ない。

 

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福島に居た当時は都会との格差に不満ばっかり持っていた僕ですが、こうして改めて振り返れば、とてつもなく恵まれた高校生活を送っていたわけです。素晴らしく理解のある親のもとで、一生ものの友人や愛する人たちとともに、美しく便利な福島という町で、僕はなんと恵まれた生活を送っていたのでしょう。

 

1989年春。
僕は18年間過ごした故郷福島から離れていきました。

 

「1989年の今頃の話」おわり

 

 

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