ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【平成元年の男性芸能人】令和元年に語る平成元年の今頃の話4

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※ここは常に30年前の話をするスレッドです


1989年・・・みんなが大騒ぎしていたバブル期ですが、意外と男性タレントには受難の時期だったかもしれないですね。人も物も海外志向というか・・・映画も洋画だし、CMもほとんどが外タレに美味しいところを持っていかれていたし・・・

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しかしながら、そんな中でも頑張っていた男たちがおりました。そんな漢の中の漢たちよ~ 出てこいや~!

 

 

 

本木雅弘

 バブルの二枚目というとこの人だった気がします。ファッション面においても「もみあげ」とか「真ん中分け」なんかはこの人が元祖ですしね。シブがき隊解隊の翌年であるこの年は、モッくんの飛躍の年になりましたね。

 


シンビーノ ジャワティ

あとは人気爆発のこの時期に、いきなりスキンヘッドになったのにも驚きました。映画『ファンシイダンス』の撮影のためだったのですが、そのあまりの潔さに、本人そのものの勢いも感じました。

 

 

柴田恭兵

 

『あぶデカ』に一区切りで、ソロ活動が充実していた時期ですね。常にDCブランドに身を包み、おしゃれなアイテムをさり気に用いたりして、丸井の売り上げにもかなり貢献した人だと思います。


1989 CM 日本信販2 柴田恭兵さん

 

 

とんねるず

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『夢で逢えたら』はまだ放送されていませんので、お笑いと言えば、この時期はまだまだ彼らが独り勝ち状態でした。

当時、二度ほど新宿中央公園で『仮面ノリダー』らしき撮影隊と遭遇しましたが、すっかり都市生活者になっていた僕は

 

 

「テレビの撮影なんて全然珍しくないじゃん。そんなのわざわざ僕は近くにまで観に行かないんじゃんよ」

と、クールに素通りしておりました。ふふふ。

 

 

長渕剛

 

 

♪おうお じゅんこう 君のなをよべば~♪

なんて歌っていたナイーブなガリ男(のちのネギ坊主)が、しばらくの沈黙の後に・・・

 

 

♪ぴいぴいぴい ろくなもんじゃねえ~♪

などど『チンピラ路線』にかじを切って再登場した際には

 

「似合わないことするなあ。それに金子正次のイメージを丸パクリじゃん」

 

なんて思ってしまったものですが・・・その後、びっくりするくらい売れましたね。

この平成元年には二本の映画の主演を務めており、彼が一番勢いがあった時期じゃなかったかなと思います。そういや上京時、僕が通いはじめた銭湯には『オルゴール』のポスターが貼っておりました。

 

石田純一

80年代終盤までは、あの萩本欽一が司会を務める『TVプレイバック』というクイズ番組でしか視たことが無くて、

「一体どこのどいつなんだろう?サラサラヘアのてっぺんが薄かったりするし年齢も不詳だな」

と思っていたものですが、どんな魔法を使ったのかバブル期に突如ブレイク(ふさふさ)したのです。

 

 

 

そのくせ『昔からずっと売れてました』みたいな態度をとっていたので、僕は正直いけ好かなかったですね。

まあ当時はもっといけ好かない輩が結構いましたので(リックアスとか中谷彰宏とか)そのぶんマシではありました。何がと言われるとあれですけど。

 

それで当時彼は

『プロデューサー巻き』『素足に靴』

というもの以外に

『ネクタイのさかさま締め』

という妙な真似もやっていたのですよ。太い方と細い方を逆にするという、なかなかの荒業です。当然流行りませんでした。はい。

 

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