コロマリズム 売れない彫刻家のサブカル自慢話

売れない彫刻家のコロマロです。この雑記系ブログで、芸能ネタやダイエットやバブル期の自慢話を語りながら、彫刻しつつ、皆さんのお越しをお待ちしております。ちなみにアルバルク東京のファンであったりします。

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【ライガー誕生】令和元年に語る平成元年の今頃の話11『バブルスポーツイベント』

※ここは常に30年前の話をするスレッドです


 

 

バブル企画

 

時は平成元年。1989年の今頃の話です。平成元年(1989年)はオリンピック翌年ということもあり、世界的に見ても、スポーツ界全体が気の抜けた雰囲気になっておりました。世界陸上やW杯も行われない年でもありましたから、まあ無理もないところではあったのです。

しかしながら、そんな中でも唯一盛り上がっていたのが「日本のスポーツイベント」というものです。当然バブル任せ。「どんどん企画して、どんどん使っちまえ経費!」というノリですね。そんなわけで、そんなものをいくつか。

 

格闘衛星 闘強導夢

 

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この年の春に、新日本プロレスがプロレス界初のドーム興行を行ったのです。社運を懸けた一大イベントですね。当時の僕は強烈な新日本プロレス信者だったので「俺が行かなきゃ誰が行く!」っていうような使命感に駆られておりました。

 

(まあそんな事を言いつつ、チケットはダフ屋から格安で買ったわけですが)

 

開催前はプロレスのドーム興行は無謀といわれていたのですが、蓋を開けてみれば有料入場者数は5万4千人で「ほぼ満員」といったところでした。まあまだドームそのものが目新しかったという事を差し引いても、この予想外の集客というものは、まんまバブルの勢いなんだろうなと思います。

 

そういえばこの時、バブル成金の『青年実業家』が勝利者賞として「数億円の価値のあるスーパーカー」を提供していました。恋人が石原真理子だったような。彼は今は何をしているやら・・・ 東京湾かな・・・・

 

 

獣神ライガーデビュー

 

先日、人気プロレスラーの獣神サンダーライガーが「2020年1月4&5日の東京ドーム2連戦において引退」と発表しました。

 

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そのライガーがデビューしたのがこの平成元年のドーム大会だったのです。ライガーは永井豪原作のアニメ作品が基になっているのですが、デビュー時は、そのコスチュームのあまりのカッコ悪さに失笑が漏れたものでした。

 

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それがマイナーチェンジを経て、その後「神のオブジェ」と呼ばれるようなカッコいいものに変わっていったのですが・・・まあそれはさておき。

 

 

 ライガーは全身が包まれているコスチュームなので、あまり「経年」というものを感じさせないのですね。ですので「引退」という言葉を聞いた際には驚きもあったのですが・・・中身の人はもう50代半ばなんですよね。平成を丸ごと駆け抜けた30年間。彼だからこそここまでやれたと思います。お疲れ様ですね。

 

猪木KO負け

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猪木(引退後に政治活動を画策)がソ連との独自のルートを切り開き「東欧圏初のプロレスラー」を誕生させました。それもあり、この時のドームは「日米ソ格闘プロリンピック」という名称であったりしました。

 

メインイベントの「猪木対チョチョシビリ」は日ソ英雄対決でありました。ロープなしの円形リングで行われた不思議な異種格闘技戦です。そしてそれはヒーロー猪木のKO負けという衝撃的な結末におわりました(実質的な猪木の現役幕引き試合でした)。

 

終わりゆく昭和の残像・・・そしてそれを観た俺はショックのあまり、試合が終わった瞬間、真っ先にドームを飛び出してしまったのです。五万四千人中、マジで一番に帰ったはずですね。いやはや実に青い・・・まだ純粋だったなあと。

 

WAVE2000

 

国立競技場や代々木体育館などで、レーザー光線バリバリの大掛かりなスポーツイベントが行われていたのもこの頃でした。特に凄かったのは長嶋茂雄が企画(!?)したWAVE2000というチャリティーイベント。あの巨大な国立競技場を借り切って「長嶋茂雄が21世紀の子供たちのために送るスポーツエキスポ」というものを行ったのです。

 

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これは見に行った僕ですら(行くのかよ)、そして記憶力には多少の自信のある僕ですら、このイベントが実際にどんなものだったのか、今やほとんど思い出せないのです。

 

「えらく太ったシュシュノワが平均台から落ちまくっていたなあ・・・」

 

とかそんな程度ですね。そういやカール・ルイスもいたような・・・そんなわけでネットで調べてみましたが、驚くべきことに、このイベントに関する情報が全くないのです。

 

こんなみんなすっかり忘れてしまうような意味不明なイベントを、国立競技場で、数万人規模で大々的に行っていたんですから、改めてあの頃の日本って、本当にマジで余裕があったなと思います。今にして思えば、まさに「戦後復興の最終回」という感じでしたね。

 

代々木国際スポ-ツフェア

 

毎年フジサンケイの主催で行われていたスポーツイベントで、後のK1やPRUDEに繋がっていくものでありました。

アマチュアバンドでごった返す代々木体育館を中心に『色々なスポーツの大会を通し券で見ることが出来る』というイベントで、僕は体操の大会だけ観戦しました。

 

ボギンスカヤをナンパ

 そしてその日の夕暮れ時。家にいてもつまらないので、何か面白い事はないかとヨドバシカメラ近辺に遊びに行きますと、何だか背中に殺気を感じたのですね・・・振り向くとそこにいたのは『氷の微笑』スヴェトラーナ・ボギンスカヤ(体操の女子世界チャンピオン)だったのです。思わず目が点になりました。

 

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どうやらスポーツフェア後の自由行動だったらしいのですが、いきなり目の前にソビエトの女王様降臨ですからねえ・・・東欧フェチの僕はこのチャンスを見逃すはずもなく、とりあえず握手→身振り手振りでナンパ攻撃へ突入したのです。 世界チャンピオン相手に何をやっているんだという感じですが・・・このノリというのがバブルで、この失うものが何もない感じというのは若さなんですね。

 

「オジョウサン オチャデモシマセンカ?」

 

いやはや・・・

しかしながらさすがはクールビューティー。 ボギンスカヤはクールに微笑んでさらりと去っていってしまったのでありました。

 

あきらめ切れない僕は攻略アイテムとして「写ルンですフラッシュ付き」と「UFOキャッチャーのぬいぐるみ」をゲットしました。それで再度ボギンスカヤに挑みます。しかし、今度は一人ではなくチームの中でしたので、写真は撮らせてもらったものの(フラッシュ不発でイマイチ写真)、ぬいぐるみは渡せずに終わってしまいました。角田撃沈。

 

イワノワをナンパ

 

これでくじける僕でもありません。今度はソ連チーム期待の新鋭イワノワを発見しました。お人形さんのようなイワノワの可憐さに、ボギンスカヤから完全に乗り換えた(?)僕は、彼女に先ほどのぬいぐるみをプレゼントし、またもや身振り手振り攻撃でアタック開始したのです。

 

「ソコノ カベノアナニイキマセンカ?」

 

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↑その時の写真↑

 

これがボギンスカヤとは全く違って、なかなかの好感触だったんですよ。向こうからしたら僕は「積極的な若い外国人男性」ですからね。目がおよいだり頬を赤らめたり・・・これはいけると思った矢先、ソ連チームの自由時間はあえなく終了なのでした。さよならイワノワ。

 

そう、西と東。80年代的に結ばれえぬ恋なのであります。今となっては一枚の写真が、あの過ぎし日の、バブルの都会の片隅の、刹那の恋の証なっているのです。うん。

 

真面目な話、イワノワは元気にやっているのかなあ?

きっと元気で、そして幸せに暮らしているに違いない。 そう願っております。

 

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