ころまろ☆辛口エンタメ塾

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診療拒否?バブル期の東京病院事情「令和元年に語る平成元年の今頃の話22」最悪の誕生日その1

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

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お陰様でまた歳を取ってしまった僕ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?猛暑お見舞い申し上げます。

自分の誕生日が来るたびに思い出すのが、僕にとって人生最悪だった19歳の誕生日の事であります。そう、今から丁度30年前の平成元年の夏の思い出、、、

 

 

ムーンウォーカー初オンエア

 

30年前の誕生日イブ。1989年の7月28日。あの大仁田厚がFMWの設立記者会見を行なったその日は、僕の18歳の最後の日でした。

 

マイケルジャクソンズ ムーンウォーカー 【メガドライブ】

 

その日はマイケルの『MOONWALKER』が金曜ロードショーで初オンエア(最後)された記念すべき日でもあり、さらにはその日の『朝生』では、番組史上で初めて「差別問題」を扱うという実に重要な回との事で、なんだか僕もジャーナリスティック的な緊張感を持ってオンエアを待っていたのでありました。

 

真夏の夜の突然の腹痛 

 

日が沈んでも極暑の新宿新兼荘。

 

銭湯に行ったのが虚しくなるほどの汗だくぶりです。暑さも湿度も限界値の4畳半の小部屋で、僕は居候(夏期講習で上京中の後輩)と一緒に『MOONWALKER』を観始めたのですが、突然、原因不明の腹痛が襲ってきたのであります。

 

それは一気にマックス。のた打ち回るような大きな痛みです。なんというか「腹に包丁が突き刺さっている」ような強烈かつリアルな痛みでした。

 

しかしながら病院に行くにも薬局に行くにも、もう既に遅い時間です。僕はただ悶々と我慢するしかありません。しかも痛みに加え、僕には極度の寒気が襲ってきたのです。摂氏45度はありそうな部屋の中でですよ。僕は居候のヒロトムラカミ(仮名)に頼んで布団を出してもらい、みの虫の様にそれにくるまりました。

 


I Want You Back - The Jackson 5

 

TVの中ではジャクソン5時代のマイケルがモータウンものを歌っています。居候のヒロトムラカミは、ここぞとばかりに扇風機を自分の方に向け(新兼荘の扇風機に首振り機能など付いてない)、鼻歌を歌いながら楽しそうに視ています。しだいに僕の目には、TVの中の光景と、目の前のヒロトムラカミの姿が重なって見えるようになって来ました・・・マイケルムラカミ・・・

 

そしてその直後、僕は強烈な幻覚と猛熱と腹痛が襲う中で、気を失うように眠りに落ちたのでありました。

 

 

このままで死ぬかも

 

翌朝、7月29日。 めでたいはずの19回目の誕生日。僕はうなされて起きました。

 

基本的に人でなしの居候ヒロトムラカミは、実に元気に「いってきまーす!」と朝一で夏期講習に出かけてしまい、僕は一人で劣悪環境の部屋に取り残される事となりました。電話のない新兼荘・・・行ってしまったよ命綱。

 

僕は夏の灼熱の新兼荘で、腹痛と高熱による寒気と一人で闘っておりました。しかしながら症状は一向に良くなりません。それどころか病状はヒートアップしているのです。もはや素人診断でも、これはただ事ではないと判りました。

 

『このままではマジで死んじまうかも』

 

死を意識したというか、自分のあまりの状況に恐れをなした僕は、ティーンエイジパワーで何とか起き上がり、這うように予備校に向かったのであります。 その日は僕の誕生祝いも兼ねて「スイカ割り」をやる予定になっていたのです。それも後押しになったというか「僕が行かなくてどうする」と。

 

スイカ割りをよそに

 

虫の息状態でようやく予備校につきますと、僕の様子を見た事務の人が飛び出してきました。

 

「君、顔色が凄く悪いじゃないか!」

 

僕はそのまま事務室の奥に連れていかれ、そこにあるベットに横たわりました。そしてまた気を失うかの如く眠りに尽きます・・・

 

気が付くとすでに夕刻。

 

僕は事務方に礼を言い、スイカ割で盛り上がっている友人たちのところにフラフラで行きました。その校舎の裏の僕らたまり場では、夏期講習から参加している『陸軍』が膝でスイカを叩き割っておりました。

 

※『陸軍』夏期講習に参加していた現役早大生。丸刈り&細マッチョ&眼鏡。修行僧のような見た目の無口な男。謎。

 

 

診察拒否その1

 

みんな洒落にならぬ僕の病状に驚いていました。そしてジムモリソン男は僕を抱えるように、駅前の学校指定医院に運んでくれたのでありました。

 

とてもとても小さな代々木駅前クリニック(マジで立ち飲み屋ほどのスペース)。そこにいたのは、今でいう『大森南朋』にそっくりなお医者さんでした。

 

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そしてその医者からは『プロのプライド』とか『ヒポクラテスの誓い』とか、要は『やる気』というものが一切感じられないのです。それどころか

 

『もう今日の診療は終わりたいんだよ。めんどいな』

 

と、はっきり顔に書いてあるのです。奴は僕を一目見るなり

 

「ああ、これ盲腸だね。はやく病院に行ったほうがいいよ」

 

と、ある意味難解な一言を放ちます。

 

「だからここに来たんじゃんよ!」と憤るジムモリソン男を奴は全く意に介さず、ひょうひょうと着替えながら

 

「ここではどうにもならないしね。東京医大が近いからタクシーを呼んであげるよ」

 

と実に冷たい言葉を放つのです。『お前それでも医者かよ』と僕は声にならない叫びをあげましたが、奴は僕に全く興味を示さず、電話でタクシーを呼ぶと、そのまま診察室から去っていってしまったのでありました。

 

(それが本当に最後の姿。クリニックには看護婦も事務員もおらず、結局、診察代も払わなかった)

 

 

診察拒否その2

 

そんなわけでタクシーに乗り込み東京医大に着くと・・・

 

「ベットが無いので受け入れできません。近くの百合山外科に行ってください」

 

と診療拒否されてしまいました。ここには従兄の「上兄さん」がインターンでいるはずなのですが・・・虫の息の僕は、大久保にある『百合山病院』に、さらにたらいまわしにされる事になったのです。まったくもってふざけた話です。ザ・新宿です。

 

僕はジムモリソン男におんぶされつつタクシー乗り場に行き、そこにいた『野中広務』似の運転手に行き先を告げました。すると明らかに彼の顔色が変わりました。そして『真夜中の特捜最前線の再放送の真犯人』のような実にシリアスな顔になりつつ、

 


23

 

「悪い事は言わない。百合山病院だけは止めた方がいいよ」

 

と僕らに告げたのでした。

 

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