コロマリズム 売れない彫刻家のサブカル自慢話

売れない彫刻家のコロマロです。この雑記系ブログで、芸能ネタやダイエットやバブル期の自慢話を語りながら、彫刻しつつ、皆さんのお越しをお待ちしております。ちなみにアルバルク東京のファンであったりします。

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「前へ!」ラグビー日本代表の南アフリカ戦は平尾誠二さんの命日に

コロマリズムのコロマロです。 

 久々にビリーズブートキャンプに入隊しようと、押し入れからビリーバンドを持ち出しましたら、劣化でゴム部分がボロボロと崩れ落ちてしまいました。うむむ・・・。調べてみたらビリーがブームになったのは12年も前の話なんですね。そりゃあ劣化もするわけです。

昭和のラグビー

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©2019コロマロ

ラグビー代表の快進撃に沸く日本列島ですが、コロマルが熱心にラグビーを見ていたのは30年以上前の話になります。イラストはコロマルにとってのラグビーのイメージですが、今のラグビーとはだいぶ印象が違う気がしますね。

 

コロマルが中学生だった1985年のラグビー日本選手権決勝。

対戦カードは「社会人王者の新日達釜石VS大学王者の同志社大学」でした。

 

当時、新日鉄釜石の選手兼任監督だったのが松尾雄治さんです。膝の負傷で出場の是非を問われていた彼は、自分の引退と引き換えにその舞台に出場することになります。

対するのは同志社大学の平尾誠二選手。明らかに松尾選手の地位を継承するであろう選ばれし男でした。そして彼はスクールウォーズのモデルにもなったイケメン選手でもあったのです。

 

試合は松尾さん率いる新日鉄釜石が、大学選手権3連覇の同志社大を倒し、史上空前の「日本選手権7連覇」達成しました。そしてその立役者となった松尾さんは試合後に引退を表明しました。

喜びと悲しみが駆け抜けた夕暮れ時の国立競技場で、その日の敗者であった平尾選手は、松尾さんの実質的な後継者となりました。彼は大学卒業後に神戸製鋼に入り、その後、そこで松尾さんと同様に「日本選手権7連覇」を成し遂げたのでした。

名曲『NO SIDE』

コロマルは松任谷由実のアルバムの中で「NO SIDE」が一番好きなのですが、その表題曲である「NO SIDE」を聴くと、あの1985年のドラマティックな試合と、そしてあの時代の『満たされず渇きつつも切ない空気』を思い出して、今でもなんだか胸がジーンとしてしまうのです。

 

あの日、松尾さんとともにフィールドを駆け抜けた平尾選手。そんな平尾選手の命日に、ラグビー日本代表は、ワールドカップの準決勝進出をかけて、強豪南アフリカとの闘いに挑みます。

 

全てをかけて戦ってきた日本代表に、ここまで来たらもう言う事は一つです。

ただひたすらに

「前へ!」