ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

「実録!バブル時代のクリスマス」令和元年に語る平成元年の今頃の話38と「新宿の巨人」

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

今日は平成元年、バブル絶頂期のクリスマスについてですね。
イメチェンして女性ウケの良くなった当時の僕は、積極的に人に声をかけるようになり、お気に入りだったキマちゃんとも日に日に仲良しになってきました。

しかしながらクリスマスを目前にして、なかなかもう一歩が踏み出せないのです。うん。その辺はまだまだ純朴な東北ボーイなのですな。

 

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(価格的に)史上最高のクリスマス

 

バブル期のクリスマスというのは、今と全く異なる様相を呈していました。バブル景気に浮かれた日本人の舞い上がりというのは、もう説明のしようが無いほどでありまして、特にこの1989年のクリスマスムードというのは、僕が知る限り、史上最高の盛り上がりぶりだったと思っています。

 

アマンド前のデートカー

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いわゆる「デートカー」は2ドアクーペ車が人気で、スタイリッシュだったS13シルビアが街中にあふれておりました。さらに富豪層だとBMWの3シリーズですね。全く以ってふざけすぎな世界です。

 

ピンドン&イタメシ

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食事の方はロマネコンティやドンペリのロゼという高級酒が、酒の味もわからないような若造の間で大量に消費されておりました。そしてティラミスブームに端を発したイタ飯人気は頂点に達し、有名店の予約は至難の業でした。

 

オープンハート&3連リング

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「ミツグくん」という言葉が生まれたように、この時期のプレゼント事情は男子にとってはかなり過酷なものでした。とりあえずティファニーのオープンハートとカルティエの三連リングは「恋人証明書」代わりの必須アイテムでした。

 

赤プリ&赤プレ

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そして最終的には赤プリ(赤坂プリンスホテル)に赤プレ(赤いプレリュード)で辿り着くのがバブル期のクリスマスの目標でした。

まあ当時も今も、僕にはあまり接点のないものばかりですが、こいうものに「スキーツアー」やら「ねるとんパーティー」なんてものやらも含めて、当時の若者たちが、実に分不相応に遊びまくっていたのは間違いない事実でした。

 

ほんと織田信長にでも頼んで、丸ごと焼き尽くした方が良い感じですね。

 

新宿の巨人(登場編)

 

僕等の予備校には「イケメンミズキ」や「ベイビー」以外にも誰しもが知る「有名人」が一人おりました。その男は190㎝を超える身長でありながら、黒縁メガネの超オジサン顔という、実にインパクトのある人物でした。

 

 

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僕等はその男を勝手に「デカいおじさん」と呼んでいたのですが(本人は一浪だけどね)、そのうちに妙な噂が立ち始めました。

 

「あの巨人は不幸のおじさんだ」
「あの巨人を見ると1日調子が悪い」
「あの巨人を見ていたら転んでタバコが全部折れた」
「あの巨人が後ろを通り過ぎると大当たりが止まる」

 

要は当時流行りの「喪黒福造」扱いだったのですね。
予備校で「デカいおじさん」が通りかかると、僕らは大袈裟に逃げるふりをしました。なんというか「バイオハザードで言うところのタイラント」扱いです。

 

そしてそんな僕らの様子を、デカいおじさんはたまに不思議そうに見ておりました。

 

つづく

 

クリスマスイブぼっち

 

クリスマスが近づいてきました。いつもつるんでいるジムモリソン男もサトーもイケメンミズキも、当然のことながらイブにはちゃんと予定があるのです。

このままだとクリスマスボッチになってしまいます。当時はクリスマスイブに一人でいるなんてのは、もう本当に重罪人扱いでしたから(いやほんとなんだよ)、僕は次第に焦ってきました。

まあイタメシから赤プリとまでは望みませんが・・・僕は恋人と二人で過ごしたい・・・具体的には「キマちゃんと新宿NSビルでデートしたい」と考えておりました

 

 

新宿の巨人(接近編)

 

ある日、僕は予備校の前に座っている女の子に声をかけました。その子は僕らが勝手にラチュノワ女(ソ連の体操選手ナタリア・ラシュノワ)とあだ名で呼んでいた子で、チャラ男モードだった僕は「せっかくだから仲良くなろう」と思ったわけですね。

 

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ラチュノワ女と話していくうちに、何やらその子の恋愛相談になってきてしまいました。うんうん、とテキトーに相槌を打っていると

「私の彼氏は凄く背が高いんだ」

なんていうのです。僕が恐る恐る・・・

 

「もしかして黒縁のメガネをかけていたりしないよね」

「かけてるよ・・・ていうか、来た!」

 

その言葉を聞いた瞬間、マーク外す飛び込みで僕はサッと逃げようとしたのですが、一瞬遅かったのです。

 

「あれれ?彫刻の人だよね?知り合いなの?」

 

僕の前にそびえたった「デカいおじさん」は、イメージと違う高い声でそう僕らに言いました。

 

つづく

 

冷戦の終了と戦後の終了

 

歴史的な「マルタ会談」が行われ、冷戦が終了しました。そんなわけで人類が全面核戦争の恐怖から逃れることが出来たのもこの時期です。

それによりベルリンの壁が壊され、東側の国がどんどん倒れて行きました。ホーネッカーとかチャウシェスクと言った大物が失脚し、チャウシェスクなどは公開処刑されました。

僕はこの年の年末は「冷戦の終結」だけではなく、日本における「戦後」というものが一区切りしたのだなあと思っています。経済が冷戦を終結させたように、戦後復興は正に頂点に達し、株価は史上空前の最高値記録しました。

 

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そしてついに日本企業は、あのロックフェラーセンターまで買収してしまったのです。アメリカを経済力で打ち破り、敗戦の呪縛から解放され、それにより戦後が終了した・・・でも結果的にそれは大間違いでしたね。

 

新宿の巨人(ジュンノタ編)

 

巨人はジュンタという名前でした。うっかり彼と知り合いになってしまった僕ですが、呪いを恐れた周囲のみんなは、そのことを本当に嫌がりました。そう、みんな妙に信心深いのです。

 

特にあのジムモリソン男などはジュンタのルックスを毛嫌いしており「あいつと一緒にいるのはごめんだ」と、僕に距離すら置きはじめたのです。

 

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イケメンミズキというと、彼はジュンタの事を「ジュンノタ」と呼んでいました。理由を聞くと「ジュンタでは小さい感じがする」と真顔で言っていて笑ってしまいました。そしてイケメンミズキもジムモリソン男同様、ジュンタと一緒にいることを好みませんでした。

 

しかしサトーだけは違ったのです。サトーはジュンタが「デカくて金持ちなイジメられっ子気質」という事を見抜いていたのです。ジュンタは口癖の「ちぇ!」を言いつつ、サトーには逆らいません。

 

ジュンタは親戚の家に下宿していたのですが、そことの折り合いがあまりよくありませんでした。それは当然です。こんなやつがいきなり家に1年もいるだなんて、そりゃあ誰だって嫌なものです。心からその親戚さんに同情します・・・・って、要はジュンタは家に帰りたくなかったのです。やつは僕の家・・・要は新兼荘に入り浸るようになりました。

つづく

 

レコード大賞

この年の「レコード大賞」は「6月になくなった美空ひばりが受賞するのでは?」という噂でもちきりでした。実際には「WINK」が受賞し、このあたりからレコード大賞に対する風当たりが強くなるのですが・・・まあそれはさておき。

 


1989 12 31 Wink 淋しい熱帯魚

 

あれから30年。今年の紅白で美空ひばりが復活するようですが・・・歌はともかく、あの気持ちの悪いCGだけはやめた方がいいと思います。はい。現状では凄く微妙な空気になること必至です。

 

 

新宿の巨人(退治編)

 

ジュンタが金持ちだと知ったサトーは、自分の家でもないのに「新兼荘に泊めてやる代わりにウイスキーを買ってこい」とか「吉牛を買ってこい」とか命令するようになりました。ジュンタは文句を言いつつもサトーに従います。

 

そのうち調子に乗ってきたサトーは、僕とジュンタを「西新宿フォルクス」や「初台デニーズ」に連れ出し「今日はジュンタがいるからステーキだ」とか、かなりの無茶も言うようになってきました。それに対してジュンタは

 

「ちぇ!しょうがないな~、ハンバーグならいいよ」
「やった!じゃあ俺は『おもしろハンバーグ』にする!」
「それは『おろしハンバーグ』でしょ!ちぇ!」
「せっかくだから俺は『キマデラソース』をお願いね」
「それは『ステーキマデラソース』だよ!ちぇ!」

 

とあっさりおごってくれるのです。そんなわけで僕もあんまりジュンタを無下にも扱えなくなり、それを見透かしたジュンタは

 

「今日はツノダの好きなピルスナーを買ってきたよ!」
「ビデオテープが安売りしてたから3本買ってきたよ!」

 

などと言いつつウチに泊まりに来るのです。そのうちラチュノワ女が僕に文句を言い始めました。こちらとしてはたまったものではありません。僕だってキマちゃんとスティディーな関係にならなければいけないのです。

 

思い余った僕はサトーにジュンタ退治を頼みました。サトーも飽き始めていたのかあっさり承諾してくれました。

 

「ちぇ!わかったよ!もう来るもんか!ちぇ!」

 

その後、ジュンタは僕らと距離を置き、ラチュノワ女とのツーショットに戻っていきました。ジュンタは遠目で見てもやはりデカかったです。はい。

そんなわけで長々とジュンタについて書いてしまいました。申し訳ないけど、なんかかなりスッキリしました。ジュンタのくせに僕の記憶領域の中でもスペース取りすぎなのですよ。うん。

 

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