コロマリズム 売れない彫刻家のサブカル自慢話

売れない彫刻家のコロマロです。この雑記系ブログで、芸能ネタやダイエットやバブル期の自慢話を語りながら、彫刻しつつ、皆さんのお越しをお待ちしております。ちなみにアルバルク東京のファンであったりします。

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『さよなら人類』平成の名曲 第10位 「2001年宇宙の旅」と「猿の惑星」のミクスチャー

10位 『さよなら人類』たま 平成2年

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©2019コロマロ

もくじ

 

平成元年空前のバンドブーム

 

平成元年、空前のアマチュアバンドブームが原宿の「ホコ天」を中心に巻き起こりました。当時放送されていたバンドの勝ち抜き番組の「三宅裕司のいかすバンド天国」は、放送が深夜帯にもかかわらず高視聴率となり、その略称である「イカ天」が、その年の「新語、流行語大賞」の大衆賞を受賞するほどの大人気ぶりだったのです。

 

nikkan-spa.jp

30年も経った割に、みんなあまり変わっていないような・・・



コロマロは当時、ホコ天まで歩いていける距離に住んでいたのですが(実話)、時はバブル絶頂期です。あの場で実際に感じた時代の熱気というのは、何だか大きな渦を巻いて空まで舞い上がっているような、本当に勢いのあるものだったのです。

 

イカ天バンド

 

「イカ天」からは多くの人気バンドが生まれました。初代イカ天キングの「フライングキッズ」。そのフライングキッズを苦しめた楽園バンド「KUSUKUSU」。池田貴族率いる「remote」。文芸ロックの「人間椅子」。さらには番組出身者としていち早くデビューした「rabbit」「JITTERIN'JINN」。沖縄バンドの「BIGIN」。TBSの局のキャラクターになった「カブキロックス」。さらにはさらには・・・と、いちいち挙げていてはキリが無いほどでした。

 

比類なき存在

 

そんなわけで「たま」の「さよなら人類」です。イカ天全盛期に突如登場した妖怪バンドの代表曲ですね。彼らはそれまでの「アマチュアバンド」とは異質の存在でした。一見、色物バンドと感じさせたのですが、その独特のキャラクターに演奏力&楽曲のクオリティというものが非常に高いレヴェルで融合しており、さらに「手わざ」を感じさせない完結性も他に類を見ないものでした。

この時、ゲスト審査員として「たま」に遭遇した大島渚氏は「優れた作品というのは、どう作られたかなど全く感じさせず、そこにぽっかりと存在する」と大絶賛していたものです。

しかしこの「たま」が大絶賛されたことが、アマチュアバンドブームというものに、ある種の「迷い」をもたらしたのでした。

 

バブルの熱気を終わらせたバンド

 

「たま」は平成2年の元旦に行われた「第一回イカ天大賞」(二回目は無かったが)において「イカ天大賞」に選ばれます。「たま」は受賞バンドとして「さよなら人類」を演奏したのですが、そのステージの圧倒的なパフォーマンスに対して、審査委員長だった萩原健太氏が「たまには誰も勝てない」と言い切ってしまったのですね。そしてその言葉は、萩原氏の意を超えて、その後のアマチュアバンドの世界に重くのしかかっていったのでした。


小林よしのり氏曰く「たまの登場でタテノリのバンドブームが終わってしまった」とのことですが、それは本当にそうだと思いました。そしてその時は解りませんでしたが、実際はそれと同時にバブル経済も終わってしまったという・・・時代はイタ飯からもつ鍋へ、ギョーカイ人から公務員へ・・・すべては既に祭りの後だったのです。

 

難解な歌詞の意味

 

そんなわけで、この曲独特のもの悲しさというものは、あの頃の「祭りの終わり感」をくっきりと思い出させてくれますし、それはやっぱり切なく響いてくるのであります。
「2001年宇宙の旅」と「猿の惑星」をミックスさせたような文学的な歌詞が、当時は多くの層から絶賛されたものですが、作詞した柳原氏曰く

 

「詩について色々聞かれるけど、言葉遊びのようなもので特に深い意味はない。Hなことばかりしていると猿になっちゃうよという感じで」

 

とのことなんですね。思わず「そんな嘘でしょ?」と言いたくなりますが、しかしながら『オゾンのダンス』とか他の曲の歌詞を読むと、

「うーん、実は本当にテキトーなのかも・・・・」

と思ったりしてしまうのも、また彼らの謎なところです。

 


いよいよ9位の発表です!

 

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