ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

恐れを知らない17歳の自分が訪ねてきた

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高校時代にデッサンを教えてもらっていた画家の先生から何やら大きなものが送られてきました。

『もしや先生に何かあったのでは?』
『そしてこれは形見分けのようなものでは?』

なんて縁起でも無い事を考えつつ開けてみますと、そこから出てきたのは、何やら見覚えのある古いスケッチブック・・・コロマロの名前が書いてあります。

「あ!これは初対面の時に持って行ったやつじゃん!懐かしいなあ~ まだあったんだ!」

 

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©コロマロ

 

コロマロは「俺は将来彫刻家になる!そのために芸大に行く」

と中学校の頃にあっさり決めてしまい(←後悔が滲み出ているような言い方ですな)、その後は美術という教科の存在しない高校で(←入学後に知った)、ろくに勉強もせず日々遊び惚けていたのです。

しかしながら芸大の彫刻科の入試が『木炭デッサン』だという事を知り

「いくら俺が天才でも、生まれて初めて書いた木炭デッサンで芸大に受かるのは難しいだろう」

と考えまして、木炭デッサンのやり方を教えてもらうために、高2の夏の終わりに、地元の画家のアトリエを訪ねたのでした。

このスケッチブックはその際、それまで完全に自己流で描き溜めてきたデッサンを、画家に見せるために持って行ったものだったのです。

 

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©コロマロ

 

『あの宮下町のアトリエを老朽化のために撤退することになりました。そのため倉庫の整理をしていたら、コロマロ君の懐かしいスケッチブックが出てきました。

コロマロ君が「僕は天才なんです」と尋ねてきた日の事をよく覚えています。

なるほど、今見てもなかなかの天才ぶりだと思いますよ』

 

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©コロマロ

 

自己流で自宅やっていた頃は、絵画のモチーフが『自分で買ったヘルメス』しかありませんでしたので(当時のヘルメスのデッサンはリアル黒歴史なのでひみつ)、ここに描かれていたほとんどのものが『写真を視て描いたデッサンのようなもの』なのです。

 

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©コロマロ

 

ロダン、ダヴィンチ、女性アイドル・・・中にはなぜかTo-yの山田二矢まで・・・

 

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©コロマロ

 

当時の頭の中が丸解りなのは問題ですが、しかしながら

「いやあ、まさに若気の至りでお恥ずかしい限りです」
「僕が有名ならばお宝ですが黒歴史でしかないですね」

という、解りやすい感じにもならないという・・・

 

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今のコロマロは当時の先生と同年代だと思うのですが、そんなコロマロの前に、時空を超えて、いきなり17歳の自分が訪ねて来た・・・コロマロは初めてあの頃の先生の気持ちが解ったような気がしました。

 

「ベニスに死す」のタジオとアッシェンバッハ。

 

コロマロもいつの間にかアッシェンバッハ側になっていたのです。

でもアッシェンバッハと違って、先生はあれから30年以上の時が経ってもなお、精力的に画業を続けているのです。

 

17歳の自分と今の先生。

 

コロマロがこれからどうやっていくべきか?

その力を与えてもらったような気がしています。よし!頑張るぞー!

 

Fin

 

なんて長文書いて、余裕をブッコいている場合ではないのですな

 

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新美術館での展示の搬入まで時間が・・・

顔が・・・得意の顔が決まらない・・・


ううう・・・


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