コロマリズム

売れない彫刻家のサブカル自慢話

【卒業演奏会の枯れない薔薇】令和2年に語る平成2年の今頃の話その14

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※ここは常に30年前の今頃のお話をするカテゴリイです。

 

30年前の今頃、当時浪人生だった僕は、センター試験で芸大音楽志望の女の子と知り合い、その子の卒業演奏会に行く約束をしました。そしてその約束の日が来たのです。

 

『私が演奏するのは3時頃です』

 

そんな言葉を頭で反復させながら、昨日歩いた道筋を、僕は時間差で辿っていきました。もうすっかり雪が解けてしまった甲州街道を新宿駅へと向かって。

そして渋谷で乗りかえる僕がいます。バンドキッズを押しやるように先を急ぐ僕がいます。駒場東大前で降りて、彼女の高校へと歩く僕がいます。

 

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◆都立芸術高校 2:30pm

 

卒業演奏会の会場であるNONの高校に辿り着きました。学校に対してかなり反抗的だった自分を思い出しながら、遠慮無しに門へと入っていきました。

 

校舎の裏に残る雪。芸術科の生徒が書いたと思われるペイントアートがそこには施してありました。僕は『その程度で雪に触れちゃいけないよ』なんてことをつぶやきながら、学校付随の音楽ホールの前まで歩いていきました。

 

僕はその場の重い空気ごと、一気にドアを押し開けました。すると目の前には、まるで高校とは思えないような立派なロビーの光景が広がったのです。そして思わずむっとくる花束の香り・・・それはその場に漂う穏やかな会話とともに、実に不気味にそこらじゅうに漂っておりました。

 

薄々ではなく解っていたことですが、そこは僕にとって本当に場違いなところでした。外見だけ見ても、長髪にリングブーツ。指輪を三つ。そして胸に銀の薔薇を下げている・・・少なくともここは、そんな人間が気軽に入る場所ではなかったのです。

 

 

◆『虚構の面、仮面の裏』

 

僕の登場に反応するかの如く、その場の視線が一斉にロビーの入り口に集中しました。出演を待っている生徒と、その父兄なのでしょう。揃いも揃って妙に小奇麗で、全てのものが過不足なく、さらにでしゃばりもせず収まっておりました。そしてそんな連中の「集団で見下すような空気」には、全く遠慮というものがありませんでした。

 

『おいおい、クラシックの世界では人を睨むのがマナーなのかよ?』

 

先日のNONの熱視線を思い出し、思わず苦笑いしてしまいましたが……そのあまりの遠慮なさに、なんだか自分が品定めされているような気分がして苛立ってきたのです。

特にタキシード姿の生徒の一人が、あからさまに不愉快な表情で僕をチラ見しています。アリとキリギリスのキリギリス。おそらく彼氏はどんな形であれ、この場の主役というものを、たとえ一瞬でも僕に奪われたのが気に入らなかったのでしょう。なんという自己中心お坊ちゃまなのでしょうか? もちろんサトーなら即パンチの、実にいけすかないヤロウです。

 

ならば逆にと、僕はじっくり彼を睨み返してやりました。すると一転、彼だけではなく、僕に集中していた視線が、それぞれに虚空をさまよっていきました。

 

『それでいいんだよ。どうかほっといてくれ……』

 

 

◆親切な女子生徒

 

孤独の喜びをしばらく噛み締めていると、御上品軍団の輪の中から、演奏用の衣装を着たすらりとした綺麗な子が抜け出てきて、そのまま僕の方に近付いてきました。

 

「すみません。ひょっとしてNONのお知り合いの方ですか?」

「ああそうですけど」 僕は少々たじろぎながら答えます。

「やっぱりそうですか。彼女が言っていた通りの方なのですぐ解りました。始めまして。私は彼女と同級生の……」

 

すらすらとそんな事を話すその子には、ちょっと高校生とは思えないほどの落ち着きと、こちらをほっとさせるような優しさがありました。

 

「この後、20分ほどで彼女の演奏になると思います。ちょうど演奏の区切りのようですので、そろそろホールに入られますか?」

「そうさせてもらうよ。ここはちょっと居心地が悪いしね」

 

そう言って体の向きを45度ほど動かした僕に、先ほどのお上品集団から、まるで機関銃のような視線が浴びせられました。

 

『お前ら早いっての。俺はまだ完全には後ろを向いてないって』

「では私に付いてきて下さい」

 

その子はそう言うと、ホールの中へと案内してくれました。手入れの行き届いたワックスの香りが漂うホール内。僕は導かれるまま端の方の席に座りました。

 

「それではごゆっくり」 その子が小声で言います。
「有り難う」 僕は静かに答えました。

 

 

◆Stravinsky

 

ステージでは声楽の女の子が繊細な声を響かせています。

しばらく舞台を眺めていた僕の瞳は、やがて場違いな寂しさにぼやけていきました。そして時間が過ぎ、いよいよNONの出番です。 アナウンスに導かれ彼女が出てきました。客席に頭を下げ、そして顔を上げると、迷わずに彼女は僕の方に視線を送って来ました。他の 観衆を置き去りに見つめ合う二人。彼女は少し微笑んでいる様にも見えました。そして振り返りピアノの方に向かっていきます。

 

『そうか、さっきの子は俺を最初からここに座らせるつもりだったんだな……』

 

NONの演奏が始まりました。

Stravinsky

 

知らない名前です。
ついでに楽曲の方もてんで理解できません。

 

『感想を聞かれたらまずいよなあ・・・』

 

しかし、そんな戸惑いは直ぐに消え失せて、ピアノを弾くNONの姿に、心をすっかり奪われていきました。

 

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そして、その魔力に吸いこまれているうちに、何時の間にか演奏が終わっていました。

 

NONは立ち上がり、ステージの前までくると客席に頭を下げます。 そして今度は僕の方を見る事はなく、そのまま舞台袖に下がっていきました。

その様子に、何だか置いてきぼりを食らったような気分になった僕は、バツ悪くホールから逃げ出していきました。
  

 

◆枯れない薔薇

 

お上品軍団が溢れ返ったロビーに戻ると。残念ながらさっきの子の姿は見えません。なんとも言い様のない孤独感が僕をまた襲ってきました。

 

『まるで人が沢山の無人島だな』

しばらく寂しくそう思い、これ以上NONを待たずに立ち去ることにしました。

 

でも、自分を呼ぶ声に僕は立ち止まりました。

 

振り向くと、演奏を終えたNONが笑顔でそこにおりました。

 

「お疲れさま。うん、結構、意外だったと言うか、なんかとっても迫力があったよ」

 

僕は素直かつ無難に切り出します。
彼女は何も言わず僕を見つめています。

 

「まあ、もう少し知っている曲だったら俺にも言いようがあるのだけれど…でも熱いものは確かに感じたよ」と、僕は正直に言いました。

 

「では次は知っていられる曲を演奏しますね」
「うん、楽しみにしているよ」

 

しばらくの間、花の香が充満しているロビーで立話をする二人。 そうしているうちに、僕はある事を思いつきました。

 

「普通は花くらい持ってくるのが礼儀だよな」

「いえいえ、気にしないで下さい。来てもらっただけで本当に嬉しいです」

「花束じゃないけれどさ。これも一応バラだから」

 

そう言うと、僕は首から銀の薔薇のループタイを外し、それをNONに渡しました。

 

「これなら枯れないからね」
「有り難う」

 

NONがじっと瞳を見つめます。 まるで心の隙間を覗かれるような、その黒い瞳に僕は胸を締めつけられました。

 

『ここが去り際だな』。

 

「じゃあ俺は帰るよ。あんまり長居したら君の評判が悪くなるしさ。あのお友達にもよろしく言っておいてね」

「今日は本当に有り難うございました」
「俺も良い気分転換になったよ。また会おうね」

 

差し出された右手を握り返したNONの手。それはさっきまで鍵盤に情熱を叩きつけていたものと同じものはずですが・・・あまりにも華奢な手でした。

「じゃあまた」

彼女にさよならすると、後は一切振りかえらず会場を後にしました。目の前にある駒場東大の校舎は、もう夕闇にすっかり染まっておりました。

 

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◆原宿駅 5:00pm

 

僕は原宿で途中して、シルバーショップに向かいました。そう、あのガクのお店です。

 

「あれれ?福島生まれの都会人じゃん!独り?よく来てくれたな!」

 

まるっきりホストのような顔をした【ガク】。彼は屈託の無い笑顔で僕を迎えてくれました。

 

「ああ、なんだか急にお前に会いたくなってさ」

僕は冗談めかしてそう言いましたが、それは嘘でもなかったです。

「おいおいアブね―なあ! お前が言うとしゃれに聞こえないぞ! まあ折角来たんだからゆっくりしていけよ」ガクはそういうと、またしてもどこからかハイネケンを出してくれました。


その後、止まる事のないガクの自慢話を聞きながら、少し酔った僕はずっと

 

『ガクよ。お前から買った薔薇のループタイがどこへ行ったと思う?解るはずないよな?だってクラシックだぜ?不思議だろ?』

 

と、頭の中で繰り返し叫んでおりました。 胸のトレードマークが無くなった僕に、全く気が付かないガクを前にして…

 

つづく

 

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