ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【点滅する赤いランプ】令和2年に語る平成2年の今頃の話その24

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※ここは常に30年前の話をするスレッドです

※長文注意報&メロドラマ注意報


30年前、当時予備校生だった僕は、芸大美術学部への進学を目指し受験に挑んでおりました。そんな中で芸大音楽学部を目指す女子高生と、第一回センター試験で出会い、2人で一緒に芸大に入ることを誓い合ったのでした・・・が、しかし。

 

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新兼荘 11:50AM

芸大の美術学部を落ちてしまった僕。

西日しか侵入しない新兼荘にとって、三月の朝は気温的に真冬でした。

僕は昼近くに速達に叩き起こされます。ムサビから実家に直接連絡したという実にどうでもいい封書です。僕はそこらじゅうに体をぶつけながら、何とか狙いを定めてハンコを押しました。部屋中が見渡せる割には、あまりに窮屈な玄関でさんざん待たされ、あからさまに不機嫌な配達員がドタドタと階段を下りていくと、また新宿の片隅に寒さと静寂が戻ってきました。

 

飲みすぎだったのでしょう。今日もニッカウ井スキーのビンが畳に転がっていました。

 

『一人か・・・』

 

朝起きて周囲を見回す事は、いつしか僕の癖になっていました。そりゃそうだよなと。少し前までは毎日、誰かしら隣でぐうぐう寝ていたのですから・・・

残煙にまみれた四畳半のバロックならぬバラック。『ほんと、ここはノー遠慮の空間だったからなあ・・・まったく堪ったもんじゃなかったよ 』

 

今やすっかりと去ってしまっていったそんな喧騒。

 

僕は一年前に引っ越してきた三月の日と同じように、磨りガラス越しの光の中で、たった一人分の紫煙に包まれていました。

 

やがてそのニコチンが、僕の頭に思考というものを蘇らせていきました。僕はシケモクを指にはさみつつ、コートを羽織ってようやく外に出ます。先ほどの速達の上から目線の文面に苛立ちが込み上げます。

 

『つくづく馬鹿にしやがって!誰がそんなとこ行くかよ』
『俺が行くのは芸大なんだ』

 

実際、僕はそのまま芸大に向かって行ったのでした。

 

 

上野公園 2:30pm

芸大の向かって右側に僕はいました。美術学部のある側は道を挟んだ左なので、その反対側にいると言うのは妙な気分です。

 

今日は芸大の音楽科の最終三次試験なのでありました。そこで僕はNONの帰りを待っていたのですが、そんな僕が必要以上に落ち着かないのには、その左右の違いというもの以外にも、はっきりとした理由があったのです。

 

『一体なんなんだこのザマズどもは!』

 

その場で僕と一緒に試験終了を待っていたのは、あの卒業演奏会で一人ぼっちの僕に、遠慮のない冷たい視線を浴びせていた【お上品保護者集団】だったのでありました。

 

『入試に親同伴?本当にどうなんだよ?音楽の世界ってのは?』

 

僕は本気で眩暈がしました。たとえば試験会場が僻地で、アクセスに車が必要と言うのならば、まだ話は解るのですが、しかしここは上野だろうと。いい年こいた受験生が、ママと一緒にお受験なんて有り得ないのが常識じゃないのかと・・・。

ひょっとするとそう思う自分の方が間違いで、この世の中では、この人たちの方が【ちゃんとしている人間】と定義付けされているのでしょうか?

僕は確信しました。

 

『ちゃんとしているのは絶対に俺の方だ』

 

僕は自分が選んだ近未来の正当性をやっと見つけたのです。何事にも利用価値と言うものはあるものなのだなと。

 

 

 

試験を終えたNONと上野公園を歩きながら、僕は父兄同伴受験について彼女に尋ねてみました。

 

「私もああいうのは好きじゃないのですけど・・・」

 

彼女は少し恥ずかしそうに答えました。

 

「でもわりと普通の事なんだろ?だったら俺みたいな不良が外で待っていたりしたら、本気で『NONちゃんグレちゃった』と心配されるかもな」

 

僕は内心、かなり気にしていたことを冗談めかして聞いてみました。でも彼女はその問いに、完璧に当り障りの無い微笑を浮かべるだけでした。

 

『つくづく賢明だよ・・・』

 

そんなとりとめのない会話は重ねていたものの、NONは明らかにナーヴァスな様子でした。最初は『そりゃあ最終試験だったから当然だろうな』と思っていたのですが、どうも様子がおかしいのです。

それどころか「試験は限りなく完璧だったと思います」と報告してくれたNONです。じゃあ何が問題なのだろう?体調が悪いのか、それとも僕が何かしたのか・・・。

 

 

国立西洋美術館 4:00PM

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そうするうちに上野公園出口が近付いてきました。 パブロフの犬のように西洋美術館の【地獄の門】に目を奪われます。

「ちょっと電話してもいいですか?」 家に連絡でもするのでしょう。背中から聞こえるNONの声にサムアップで返事をした僕は、そのまま【地獄の門】を眺め続けていました。

 

『カミーユの肖像が、優しい表情で考える人を見つめているんだ』

『考える人はロダン。彼は永遠に見つめて欲しいと願ったんだ・・・』

 

僕は地獄の門に背を向け、足元のベンチに腰を下ろしました。すると真向かいの芸術劇場の公衆電話で、静かに電話をかけているNONの姿が目に飛び込んできました。NONが僕を見つめています。初めて地下鉄で出会ったあのときのような、あのすがるような、そして強い瞳で。

 

二人の間を行きかう群集。一瞬、ロベール・ドアノーの写真のように、そのすべてがスローモーションになっていきました。

 

『そんなに強く見つめなくたって大丈夫だよ』
『大丈夫だよ。俺はどこにも行かないよ』
『だって俺はここしか居場所がないんだ』

 

JR山手線&中央線 5:00PM

公園口から電車に乗ってからもNONの様子はおかしいままでした。しかも間の悪いことに、

 

「ちゃんちゃんちゃんちゃららららららん♪」

 

彼女は山手線の発車メロディが苦手だったのです。 絶対音感の持ち主にとって、あの音は拷問に近いらしいのです。

 

「ちゃんちゃんちゃんちゃららららららん♪」

 

二回目。明らかに顔をしかめるNON。僕はJRの民営的変化に憎しみを覚えました。

 

『何が新チャイムだ。何がE電だ。まったく余計な真似ばかりしやがって!』

 

次の神田駅で降りると、そこは 人影まばらなホーム。防音壁伝いに駆け抜けてきた冷たい風が、熱くなった僕の頭を冷やしました。僕はそこでようやくホームの反対側のビルのガラスに映る、自分たち二人の姿に気が付いたのでした。

 

二人はなんて不安定なんだろう。
二人はなんでこんなに切ないのだろう・・・

 

思わずNONを抱き寄せます。ガラスの向こうの視線なんか気にしちゃいられないのです。今は何よりも失ってはいけないものがあると。『俺はただそれを信じるだけなんだ』僕はそう思いました。

 

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新宿駅南口 6:00pm

「どうする?今日は帰る?」 京王線の改札に消えていくNONをイメージしながら僕は声をかけました。「ううん、大丈夫」

 

今日は新兼荘でブルガリアン・ヴォイスのビデオを視る予定でした。太陽系から脱出する神秘の歌声。首都ソフィアを取材したドキュメンタリー。僕は前々からそれをNONにも視せたいと思っていたのです。

 

しかしながらNONの入試を考え、それまで音感が乱れないよう、入学試験が終わった後にとの約束を交わしていたのでした。

 

しかしながら実際には【音感が乱れないように】と気にしていたのは僕だけでした。 僕がNONにその事を言うと、彼女はいつもおかしそうに笑っていたのです。

 

「私が落ちても受かっても、半分はツノダさんのせいです」
「それってちょっと厳しくない?でも受かるよな。やっぱ」
「それがそうとも言えないのですよ」

 

新兼荘 8:00PM

 

TVからブルガリアボイスの美しい旋律が流れています。 僕の斜め後ろでNONがじっとそれに耳を傾けていました。

 


'Le Mystere des Voix Bulgares' - Kalimankou Denkou (The Evening Gathering)

 

しばらく後、決して小さくない余韻を残しつつ、ドキュメンタリーは終わってしまいました。すかさず電気店の品の無いCMが流れ出します。僕はすばやく停止ボタンを押し、慎重かつさりげなく、そっと振り返りました。

 

NONの柔らかなセーターに涙の雫が光っていました。普通じゃ考えられないような、とても沢山の涙の雫が。

 

『ふう、どうやら感動してくれたのかな?』

 

息が詰まるような勝手な緊張から開放され、僕がほっとして頭を掻いていると、NONがいきなり後ろから僕に抱き付きました。

 

「あのさ・・・何かあったのか?」

「・・・私、付き合っていた人がいたの」

 

僕は何かを思考する前に『そりゃそうだろう』という言葉を頭に浮かべました。そんなの別に不思議なことじゃあない。今更そんな事を気にしていないさ。それに僕は一年も新宿にいるんだよ。もはや女性に処女性とか変な幻想をもっちゃいないんだ。だからむしろほっとしたというか、

 

「それでその人と別れたのが・・・」

「?」

 

NONはぎゅっと手に力を込めました。

 

「さっき・・・」

「!」

 

新宿中央公園 11:00PM

新宿駅までNONを送ったあと、僕はすぐに帰る気になれず、ふらふらと新宿中央公園に入っていきました。十二壮通り沿いの遊具広場。そこはこんな夜にまともな人間がいる場所ではありません。

 

『この鯨は真夜中に空飛ぶんだ・・・嘘じゃないぜ・・・』

 

僕はコンクリートの鯨に腰をかけ、工事のライトで照らされた出来かけの都庁を見上げていました。

 

『いつの間にか更にでかくなっていやがる』

 

僕の存在など砂粒以下であろう高い位置で、クレーンの先っぽの赤いランプが、今日も静かに点滅しています。

 

『あのクレーンが転げたら、新兼荘ごと俺もおしまいだな』

 

何の根拠も無い50パーセントくらいの真実味。 要するに僕はどっちでもよかったのです。

天使の嘘も悪魔の沈黙も・・・そう、何もかも・・・その時の僕は、自分でも驚くほどに、全てに対して醒めていたのでした。 でも・・・

 

『でも・・・悔しいことに、もう会いたいんだよな』

 

冷たい風を目に受け、赤いランプが遠くで滲んでぼやけていきました。

 

 

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