ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【卒業ソング13】『卒業写真』山本潤子(&小田和正)

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中学の卒業式が「卒業生と先生のみ出席」で行われることになりました。まあこれはしょうがないですね。

 

でもオープンエアスペース・・・要は校庭での記念撮影は(常識の範疇内で)OKとのことでした。まあいい落としどころじゃないかなあと感じますね。まったく新コロナウィルスってやつは・・・

 

さてさて・・・

 

 

「小田さん」を「小田君」と呼ぶ唯一の女性

 

 

山本潤子のソロライブに小田和正がゲストで出演した際のコラボレーション映像です。素晴らしすぎですね。

 

山本潤子は『赤い鳥』として1969年に参加詩や「ヤマハ・ライトミュージックコンテスト」全国大会にてグランプリを受賞しデビューします。そしてその際に準グランプリだったのが小田和正率いるオフコースでした。

「あの時の『赤い鳥』の演奏は、その後も含めたバンド活動のベストテイクだったのではないだろうか?それくらい圧倒的なグランプリだった」(小田)

この時から山本と小田の交流は始まり、今でも山本は小田を『小田君』と呼んでいるのです(一方の小田は『潤子ちゃん』)。

 

 

1975年から歌い継がれている歌

『赤い鳥』が発展的解散をしたのち、山本は『ハイ・ファイ・セット』を結成します。件の『卒業写真』は1975年に『ハイ・ファイ・セット』のデビュー・シングルとして、同名タイトルのファーストアルバムと同時に発売されました。

 

作詞作曲は荒井由実(松任谷由実)です。

数か月後に荒井自身もセルフカヴァーし、彼女自身の代表曲にもなっています。

 

 ミュージックフェアにおけるファイ・ハイ・セットと荒井由実の競演

 

卒業シーズンの定番曲として人気であるとともに、発表以後、多くのミュージシャンからカヴァーされ続けている楽曲になっています。

 

「卒業写真」歌詞

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 歌詞について

 

この「卒業写真」は「自分は変わっていくのにあなたは変わらないで」という、ある意味、男性にとって理不尽な歌になっています。

実際に陣内孝則などは「この曲に影響を受けた女の子に理不尽にフラれた経験があるからトラウマ曲だ」と公言していたりします。

 

一方、あの平井堅は、2番の『話しかけるようにゆれる楊の下を 通った道さえ今はもう 電車からみるだけ』という歌詞を「映像が頭に思い浮かぶような、本当に素晴らしい歌詞」と絶賛しておりました。

 

そう言う話を聞くと、改めてこの曲というのは、良くも悪くも、いかにもユーミン的な曲なんだろうなと感じたりします。

 

 

www.koromaro.com

 

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