ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【禁煙】タバコの禁断症状「禁煙はお勧めしないが、煙草は辞めよう!」

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健康増進法の一部を改正する法律が成立し、2020年4月1日より全面施行されました。この法律により「屋内原則禁煙」が全面施行されることになりました。

 

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それに加え、この春は「新コロナウィルス感染症」が「ヘビースモーカーは重症化する」という特徴を持っているのではないかという説が持ち上がっておりまして・・・多くの喫煙愛好家は「肩身の狭さ」に加え、「ウィルスの恐怖」も味わうという泣きっ面に蜂の状況になっているのです。

 

こういう状況になると、当然持ち上がってくるのが「禁煙」というものです。今日は禁煙マスターであるコロマロが、自分の壮絶(大袈裟)な禁煙体験を語ることにより、これから禁煙を目指す方の参考になればと思っています。

正直、耳の痛い話ばかりになると思いますので、あんまり気の乗らない方は読むのをやめてくださいね。

 

14年前に苦しみつつ禁煙済み

 

僕は14年前にすっぱりとタバコを辞めました。やめたその日から本当に14年間、一本もタバコを吸っておりません。

そういうと「別にヘビースモーカーじゃなかったんだろう?」と思われるかもしれませんが、僕は18歳で上京して以来、ずっと一日二箱程度(二箱超えると「吸いすぎだな」と感じるレベル)タバコを吸っておりました。1989年からですので、ざっと17年間になります。

まあ禁煙のきっかけは「友人との賭け」という実にくだらないものだったのですが・・・・ しかしながら今の厳しい状況を考えると、あの時に止めてよかった なあとつくづく思ったりもしております。

しかしながら、では「他人に禁煙を勧めるか?」と聞かれましたら、 答えは「うむむ…それはなんとも言えないねえ…」と、 実に微妙な言い回しになってしまうのも正直な気持ちであります。

なぜならば・・・それはこの僕自身が禁煙当初に、本当に地獄のような苦しみを味わったからでありまして、さらにはそのあまりの辛さゆえ、安易な考えであの地獄を他人に進めることは出来ないわけです。

 

当時の禁煙日記

ではここで昔の日記から抜粋です。

今思えば禁煙開始間もない頃ですね(一か月半)。

 

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October 18, 2006
煙草の禁断症状


別に強要されたわけでもないし、健康が気になったわけでもない。 ましてや小遣いが無いわけではないし、そもそも嫌いになったわけじゃない。そんな俺が、あのタバコを止めて一ヵ月半にもなる。 それでここからが重要なのだが・・・もう吸わない。 ほんとに止めたのである。

 

まあね。ほんと、ふとしたきっかけで「や~めったっとお~♪」という事になったわけだが、これがなかなか思い切りが良くてねえ~。 実に気持ちよい感じがしているね。ほんとこれは心からそう思うんだ。 喫煙者はこんな事、信じないだろうけどね(苦笑)。

しかしながら・・・
気持ちはそうでも、全く持って付いていかないのが体の方なのである。 そんなわけで、俺が自ら体感した『合法麻薬ニコチン』というものの 禁断症状の恐ろしさ。それをこれから正直に挙げて行きたいと思う。


・拷問 (初日から3日間ほど)

拷問というより他はない時期。
とにかくタバコの事ばかり一日中考えている。そして人に絡む。
それも答えられるはずも無いカルト問題のような議論を吹っかけ、それに他人が答えられないとなるとさらに苛立ち、よりタバコが欲しくなるという、極悪悪循環。それに続く自己嫌悪。現代社会への不満。60年キューバ的危機感。乾季のサバンナの動植物の如き餓え。延々続く自問自答。

禅問答と開き直り落ち込み。

・ふくらはぎ痛 (10日~20日まで)

やけにアキレス腱が痛いなあと思っていたら、その次の日には「ふくらはぎ」に触れるだけで電気の走るような痛みが・・・・思わず叫んでしまうような衝撃である。タバコには無関係だと思っていたが、実は禁断症状との事。結構ぞっとしたな。

・食欲増 (突発的)

『まあ食欲増は仕方ないかな・・・』なんて、内心思っているから逆に食欲が増すのだと思う。でもこれはさほど問題ではなさそうな気がする。

・眠気 (10日目から継続中)

一番凄いと思ったのがこの症状。「体からニコチンが抜ける3週間目くらいから酷くなる」なんて書いてあったので、どんなもんかなと思っていたのだが・・・これがものの見事にそうだったね。周囲の煙草を止めた人間に聞いても、皆一様に「そういえばそうだった」と声をそろえると言う感じで・・・ほんとに効果てきめん(?)なんだよなあ。いくら寝ても眠いと言うのは正直困るしね。どうやらひどい場合、一年以上もこの状態が続くと言うんだから、さらに困ってしまうよ。

 

ほんと、主だった症状だけでもこれだけあるんだな。
肉体で味わう荒行に「体がこれだけダメージ食らっていたんだな」と、しみじみ思うのと同時に、ニコチンというものの底なしの怖さというものを、初めて知ったような気分になった俺なのであった。 

 

 (以上 2006年秋の日記より)

 

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どーですか・・・
禁煙というものが、なかなかどうして厳しいものだとお判りいただけたのではないでしょうか・・・しかしながらここはまだ地獄の一里塚だったのです。

そう、この後、「禁煙鬱」が始まるのでありました・・・

 

禁煙鬱

禁煙3~4ヶ月頃に俺を襲った「禁煙鬱」についてですね。


当時の僕はニコチンの禁断症状 (脹脛痛、眠気) に苦しみつつも、 実は案外タバコそのものには諦めがついていておりました。そんなわけで逆に喫煙者に対し

 

「まだ吸っておられるのでしょうか?う~ん、不思議ですねえ」

 

などという、実に福田康夫的優越感を持っていたのであります。 全く持って、器の小さい男ですよね。

 

しかしながら、その年の年末。

 

年の瀬が迫るにつれ、僕は猛烈な鬱状態に陥ったのでありました。 とにかく「自分の言動に対する後悔」が頭を離れないという・・・ どうしようもない「逆KY思考」というのがとまらないのです。要は周りの人間の事(僕をどう思っているか?)ばかり気にしてしまうという・・・

この当時の心境は遠く今になってはなんとも説明し辛いものなのですが、 とにかく常に後ろ向きな思考状態に陥っていたのです。 これはねえ・・・僕なんかはノーテンキなもんで、日々に前向きに楽観的に人生を歩んできただけに、本当に訳が解らないデススパイラルでしたねえ・・・本気で苦しい時期でした。


それで誰かに相談しようという事で、近場に住む友人に酒席で 悩みを聞いてもらう事にしたのですが・・・その友人(通称ジムモリソン男)は

「馬鹿だなあ、禁煙なんかするからだよ」


とひとこと。さらに

 

「俺は意志が強いから絶対に禁煙なんかしない。 お前は意思がグラついているから思いつきで禁煙したり、さらに 変に落ち込んだりもするんだよ。とりあえず一本吸えよ」

 

 もちろんそのタバコは吸いませんでしたが・・・(苦笑)

それにしても「意志が強いから禁煙しない」というのは凄いですよね。 その発想はなかったというか、開き直りに近いその信念に、 俺も思わず笑ったり感心したりしたのですが・・・でもなにか それを聞いて吹っ切れたというか、あまりくよくよするのは やめにしようと、そのときは素直に思えたのです。

そして年が開けしばらくすると、いつの間にか(本当にいつの間にか)以前のような 前向きな人間に僕は戻る事ができていたのでありました。

そして今思うに・・・やはりあれは禁煙鬱だったのではないかなと僕は感じているのです。これは常にニコチンの刺激で働くことに 慣れていた脳が(ドーパミン分泌とか)、いざそれを禁煙で寸断された 際に、どうにもこうにも上手く立ち行かなくなったのであろうと・・・

まあ実際に医者にかかったわけじゃあないので、はっきりとは断言はできませんが・・・まあいろいろ自分で調べてみても、あの時期の僕は典型的な禁煙鬱に陥っていたんだなあと思ういます。うん。


本気でキツいんですよ。禁煙鬱って…。

 

んなわけで、改めてニコチンというものは本当に恐ろしいと思う次第なのであります。うん。そう、タバコとは吸うのも地獄、やめるのも地獄なのです。

 

名著「禁煙セラピー」

 

皆さんは、たまに新聞に広告が出ている「禁煙セラピー」という本をご存知でしょうか?「アンソニーホプキンスさんも絶賛!」なんてキャッチコピーがデカデカと載っているあれであります。

 

これは「アレン・カー」という禁煙マスターが書いた「読むだけでタバコを止められる」という魔法のような本なのであります 。

 

僕も同時期に禁煙を始めた友人(賭けの相手)の勧めでこの本をゲットしたのですが、まあ当然、効果については半信半疑だったのでありました。

 

では実際に効いたかどうか?
これも当時の日記を以下再録します。

 

 

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November 30, 2006

「アレン・カー教祖死す」


「禁煙セラピー」という本で有名なアレン・カーさんが
 亡くなったそうだ。しかも肺ガンという皮肉な死因で・・・

俺もこのアレン・カーさんにお世話になった一人というか・・・ 実のところ禁煙法として、この「禁煙セラピー」を読んでいたのである。渇望の苦しみの最中、聖書代わりにしていたというか・・・これを片手に、俺は日々欲望と闘っていたわけなのである。 だからこそねえ・・・ほんと、訃報には驚いたんだよね。 これはお悔やみ申し上げるより他はないね。

 

それでこの「禁煙セラピー」。
これはもうズバリ「洗脳本」と呼んでいいと思うんだな。 いかに「アレン・カー禁煙大教祖様」を信じることが出来るか???  それが禁煙の成功の鍵になっているのだと思う。

 

実際、本の中では、あの手この手で(・・・って、文章なのだが)、 こちらの世界(禁煙大世界)に引き込んでやろうと、ある意味必死な教祖様であり、強引なこじつけぶりに笑える所も多々あるのだが、馬鹿負けすると言うか(笑)、事実、根負けしてしまうんだよなと。 それでもって、無神論者で、誰かを盲目的に信じるのは嫌いな俺が、 事が事だけにポリシーは棄て、「アレン・カー教祖」様を一方的に信じる事にしたのである。

 

そして結果としてそれが良かったのかなと思う。
お陰さまで断煙できたしね。ありがたい限りであった。

 

そして禁煙以外に得たものも一つあった。

それは「何かを妄信することは楽」という定義なのである。 これについては、「なるほどなあ」という感じと、それゆえに「危険だなあ」という感想をもったね。こういう楽は良くない。俺も禁煙というもの以外では、妄信はしないよう心がけたい。

と、まあ、何だか良く解らない文書だったが・・・
アレン・カー氏に感謝を込めて。

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以上、再録終わり。

 


とまあ、上の文章でおわかりのように、禁煙を始めてしばらくすると 当のアレン・カーさんが亡くなってしまったのであります。 まるで屋根に登ったら梯子を外されていたような気持ちと言うか・・・ 不謹慎なのでこの時は書きませんでしたが、僕の「禁煙セラピー」への 妄信ぶりを知っていた周囲の人間は、このあまりに皮肉な死因にみんな大笑いしていたのでありました。「やっぱりインチキじゃん」と。


その声に対し「アレン・カー様の名誉のためにも絶対に禁煙を成功させる」と改めて誓う僕であります。 思えば、実際の禁煙の成功の要因というものは、「禁煙セラピー」そのものよりも、そういう周囲の声に対する反発心だった気がします。

そんなわけで・・・今思い返しても「禁煙セラピー」はそこそこ使える本だと思います。 今もビレッジバンガードとかに山積みになっているので、興味のある方は読んで見るといいかもですね。

ただ・・・この本には一つ重大な欠点がありました。
それは「禁煙達成までは書いてあるが、その後の対処法を書いていない」という、あまりにもあまりな欠点なのでありました。

 

禁煙後の厳しい現実 

 

禁煙も半年以上過ぎた頃は、いわゆる単純な「喫煙欲」というものは、もうあまり湧き上がらないようになってきておりました。それゆえ表向きは 余裕も産まれたというか、喫煙者を目の前にしても全く平気でしたし、 そもそも「辛い」というような「直情的なストレス」はというものは、もはや無くなっておりました・・・・のですが・・・


そこは恐るべき極悪物質ニコチン・・・ 実は目立った禁断症状ではない部分で、密かに、しかしながら確実に この心身を蝕んでいたのでおりました。

 

眠気

引き続き襲い掛かっていたのが眠気の症状です。
半年過ぎても完全には抜け切らない・・というより、まさに突然睡魔が 襲い掛かるのですよ・・・まさに抗う事の出来ない睡魔。人類が勝てない欲望。

そしてそんな中、同時期に禁煙を始めた友人が、車の走行中に 「落ちる」という失態を演じてしまったのであります。奥さんに怒鳴られ事なきを得たというのですが・・・やはり恐るべき事件ですよね。 それを聞いて心当たりのある禁煙軍団(そこ頃には禁煙チャレンジャーが周囲に増えていた)に衝撃が走った事はいうまでもありません。 しっかり寝ているはずなのに (本気で眠いですから)、それでも襲う眠気というもの。 とにかくどうにもならなかったです。

 

禁煙夢

なつかしい人、忘れられない人が思いもかけず夢に登場し、 何とも嬉しいような・・・しかしながら、どうしようもなく やるせない思いに駆られる朝・・・・な~んていうものは、 皆さんもちょくちょく経験されているでしょうが・・・ しかしながら、

 

「忘れられない恋人=ニコチン」

 

というのは、どうにもこうにもやるせないばかりなのであります。
正直、喫煙夢というものは、禁煙後14年経ったいまだに見てしまいます。

 

「吸ってしまった!」 で、飛び起きて、
「なんだよ・・・夢か・・・」で、汗びっしょり。

 

マジな話、これは心臓に良いわけないですし、それに

「ひょっとして、俺ってまだタバコ吸いたいのか???」

というような思いも頭をよぎり、なんともまあ後ろめたい気持ちに持っていかれたりします。 ほんと、ニコチンは恐ろしいですね。

 

 

禁煙成功・・・がしかし


ここで冷静に当時を思い返すと「禁煙して2年が経過」したころ、僕はようやく「俺は煙草から逃げ切れたかなあ」という感慨にとらわれた気がします。ある日、すっかりタバコの事を忘れていた自分に気が付いたのです。「ああ、俺はタバコをやめたんだな」という。そしてその事実というものは、やっぱり嬉しいものでした。


それで14年経って、今は実際どうなのかという話ですが、煙草については、これはもうピストルでも突きつけられでもしない限り吸う事はないだろうな・・・という感じです。もう戻る事はないでしょう。



そして肉体を襲う禁断症状のほうですが、これも3年を過ぎた頃からすっかり減っていきました。でも「眠気」と「ふくらはぎ痛」と「喫煙夢」が結構しつこくて、それらが不意に襲ってきた事もありましたが・・・この10年くらいは、あまり目立ったものはない気がしますね。

そんなわけで僕は禁煙に(一応のところ)成功しました。

今改めて思いまして、実際に禁煙にかかった期間は2年だと思います(それ以後はアフターケア的なものだと思う)。そして2年という年月はやっぱり2年なのです。このそれなりの期間が、極悪物質ニコチンが体から抜けるためには必要な時間だったんだろうなと思います。


では禁煙についてまとめると・・・

 

タバコを辞めた利点

 これは「巷で言われていること全て」だという感じですね。
いまさら改めて一つ一つ語るまでもないことだと思います。良い事がありすぎて

 

タバコを辞めた弊害

 禁煙セラピーの著者アレン・カー教祖は「そんなものは無い」と言っておられますが・・・弟子(?)の僕が公平な視点から言うと・・・やっぱりそんな事はないと思います。「少なくとも僕にはそれなりに影響があった」という感じです。

 

特に「集中力のコントロール」という点で、それを感じますね。「それはニコチンに支配されているだけ」という声もあるだろうし、それは確かにそうなのですが、しかしながらそうであるがゆえに、意識して集中力をコントロールする事が可能だったわけです。

確かに煙草を吸わなければある一定の高いレベルの集中心をキープする事が出来るのですが、しかしながらタバコを用いた「瞬間的な集中」というものは、なんというか僕の嫌いなドーピング的に侮れないなと思いますし、それを失った喪失感というものを、その後肝心なときに思い出したりしておりました。

そしてそこから繋がってくるのが「夜に弱くなった」ということですね。要は今までタバコで覚醒していただけの話なのですが (事実、生き急いでいる感じ。止めたら明らかに若返った)、なんだかねえ・・・これはもう圧倒的という感じで、睡眠欲に対して弱くなってしまったなあとつくづく感じます。

そして最後にもう一つ挙げるなら・・・「過去の自分が別人になってしまった」ということです。この際タバコは正直どうでもいいのですが、これまで自分を愛してきた僕にとっては、ちょっとした寂しさも募るのです。

 

結論

 そんなわけで・・・

「禁煙はいい事だが、あまりにも辛いのでお勧めしない」

が結論という事で、ひとつ。


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