ころまろ☆昭和45年男

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

727広告、リクルート、イトーヨーカドー【1988年の今頃の話 その22】新幹線の車窓から

スポンサーリンク

※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

 

実質的な昭和ラストイヤーである1988年の今頃を語っていきます。

 

 

上京願望高まる

30年前。僕が高3で福島在住の頃のお話です。1988年はバブル最盛期でありまして、僕の地元の福島駅周辺でも再開発が盛んに行われておりました。

古い駅舎は「ルミネ」になり、アーケードが 取り払われた商店街は「横浜元町」っぽくナウに生まれかわり、さらには「彫刻のある町」として、街中のいたるところに(団体展的な意味での)有名作家の作品が設置されていきました。

彫刻家を目指していた僕は、本来ならばそんな地元の動きを歓迎すべきなのですが・・・しかしながら、変わりゆく福島の街並みに対する「そうじゃない 」感というものも、これがなかなかの物がありまして、それゆえに僕の上京願望というものは、次第に強固なものになっていったのです。

 

という訳で、プレ上京編ですね。この年は新幹線で福島〜東京間を4往復しましたので、一人車窓を眺めながら、本当に様々な考え事をしておりました。

 

ぴあ

f:id:koromaro:20200416221925j:plain

新幹線に乗る際に必ず購入したのが『ぴあ』でした。当時は「東京の1日のイベント数は福島のイベント数の7年分に相当する」と言われていましたので、その膨大さを『ぴあ』越しに感じつつ、東京への妄想を膨らませていたのです。お目当ての美術関係も誌面が見やすかったですしね。

そしてネット検索がない時代に「客観的で完全な情報のインデックス化を図る」ことがコンセプトだった『ぴあ』は、大変重宝される存在でありました。それゆえこの時期には80万部も売り上げていたそうです。これだけ基本情報に特化した雑誌がそんなに売れていたなんて、ちょっと驚いてしまいます。

そして『ぴあ』といえば、あの及川正道氏の毒の効いた表紙イラスト印象的でしたね。最終的には1200人くらい描いたそうで、『同一雑誌の表紙イラスト継続の世界記録』としてギネスブックに登録されているそうです。

 

謎の看板

f:id:koromaro:20200416221950j:plain

新幹線に乗っておりますと、のどかに見える田園風景の中に「727」という巨大な看板が何度も出現します。これが「大阪の株式会社セブンツーセブン(化粧品メーカー)の看板」だという事を僕が知ったのは、インターネットの時代になってからですので、結構最近の事になります。そもそもよく見れば下に『cosmetics』と書いてあったのにね…。

だからわりと気にして727看板を観ていた僕ですら、認知度はその程度のレベルなんですよね。ですので「立看板の費用対効果」というものには、かなり少ないのではないかという疑念が沸いております。はい。しかし727は看板戦略に自信を持っておられるようです。

詳しくはこちらの公式サイトをご覧ください

https://727.co.jp/kanban/

 

ちなみに727の数字の意味ですが、これは『創業者の誕生日が7月27日だったから』だそうです。うーん、実にあるあるですなあ。

 

宇都宮駅前のリクルートビル

f:id:koromaro:20200416222016j:plain

この頃はリクルート事件勃発の時期でもありました。未公開株の不正授受というバブル絶頂期ならではの事件でしたね。そんな状況の中で、新幹線から宇都宮駅周辺のリクルートビルを眺めてみたりしますと、なんかとてもジャーナリスティックな気分になった事を覚えております。まあ、あくまで気分だけですが。

 

リクルート事件おさらい

1988-1989年にリクルート社の創設者だった江副浩正氏が、自社の地位確立のために、値上がり確実な子会社(リクルート・コスモス)の未公開株を、与党の国会議員に秘密裏に配ったという戦後最大の大型収賄事件。最終的に竹下内閣が退陣に追い込まれた。これ以後『政治と金』というものに、より厳しい国民の目が注がれることとなった。

 

 

 

大宮駅前のイトーヨーカドー

f:id:koromaro:20200416222106j:plain

当時は益子直美&斎藤真由美を擁する「イトーヨーカドー女子バレーチーム」のファンでしたので、その本拠地がある大宮のイトーヨーカドーを見ると、なんとも感慨深くなったことを覚えております。

当時の女子バレーは常勝だった王者日立に陰りが見えていた時期でした。そこに大型外国人選手を擁した日本電気が迫り、さらにはその2チームを若いイトーヨーカドーが追うという、なかなか面白い展開だったのです。

ヨーカドーの斎藤真由美は僕と同い年の選手で、アイドル的ルックスで人気がありました。しかしその容姿とは裏腹に『年功序列がまかり通る高校バレー界に不満を抱き高校を中退した』なんていう、なかなかアナーキーな人物だったのです。だから彼女の高校3年度にあたるこのシーズンで、日本選手権で優勝したというのは本当に尊敬すべき出来事でした。だって18歳って今で言えば「ウインターカップ」に頑張っているような時期ですからね。それが実業団のエースとしてタイトルを獲ってしまっているのですから、如何に規格外だったかわかるかと思います。

(まあこの世には中田久美姐さんなんていう、さらに規格外のバケモノもいらっしゃいますが)

f:id:koromaro:20200416222129j:plain

そういえば、あのヨーカドーの広告塔の『ハトマーク』って、現在はどんどん『セブン&アイグループのマーク』に代わってますよね。それがちょっと寂しいです。まあ福島に色違いの『ヨークベニマル』があるからいいかな(笑)。

 

上野駅の広告

当時は東北新幹線は上野が終点でした。上野駅に降りると、ホームや地下通路にあるリアルタイムな広告(巨大ポスターやPOPなど)に目を奪われましたね。旬なタレントが新製品をニッコリ紹介しているもの。実はあれって都会にしか存在しないものなんですよ。うん。

福島の広告(看板)というと、それはあの727

の立看板のように『限りなく未来永劫変わらずそこにあるもの』なのでした。そこにはリアルタイム感というものも刺激というものも、全くありませんでした。

だからそういう部分も含めて、僕の上京願望というものは、この時期にどんどん高まっていったわけなのです。

 

www.koromaro.com

www.koromaro.com



TOP