ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【Youtubeで視る伝説のライブ&パフォーマンス集】その3

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 僕がお勧めするアーティストのベストライブ&ベストパフォーマンスをご紹介します・・・の3です。

 

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「星条旗よ永遠なれ ホイットニー・ヒューストン」1991

 


Whitney Houston - Star Spangled Banner

 

1991年のスーパーボールでのホイットニーの国歌斉唱シーンです。 いやはや凄いですね・・・コブクロ小渕のマラソングランドチャンピオンシップの「君が代」斉唱とは当たり前ですが大違いです。「史上最高のアメリカ国家斉唱」と謳われるのも解ります。

 

でもちょっと引っかかるのが時期的なものでして・・・

 

この時はちょうど湾岸戦争の「砂の嵐作戦」の時だったんですね。だからこそアメリカ人の愛国心が余計に高まっていたというわけなのです。

だからバラしますが(?)、実はこれは口パクです。

言ってしまえばAKBとかPerfumeなのでした。はい。

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「セーラー服と機関銃」薬師丸ひろ子 1981

 


薬師丸ひろ子 セーラー服と機関銃

 

1981年の夜ヒットでの薬師丸TV初歌唱です。

時代の寵児の登場に、リアルタイムで正に固唾をのんで見守っておりましたね。最近だと宇多田ヒカルのTV初登場の空気にちょっと似ていたというか・・・って、あれも20年以上前の話なのか・・・

 

もともとは「夢の途中」として来生たかおが主題歌を担当する予定でしたが、映画の監督の相米信二が薬師丸の歌唱を強く主張(結果的にこの判断は凄いと思う)。事後承諾的に映画では薬師丸バージョンを起用してしまったという話なのですな。

 

弟のシンガーとしての開花を望んでいた作詞の来生えつこ(本当に何も聞かされていなかったとのこと)は、寝耳に水の事態に激怒して大変だったそうですが、最終的には説得されて折れたそうです。

 

原曲の「夢の途中」というタイトルを「セーラー服と機関銃」に改題させたのはプロデューサーだった角川春樹の意向で、これも僕はとてもいいアイディアだったと思いますね。この曲は、あの松田聖子の「チェリーブラッサム」以上に、タイトルと歌詞の関連性が全く無い曲になってしまっているのですが、しかしながら曲の雰囲気とタイトルは奇跡的なほどマッチしているという話で。

 

タイトルだけではなく歌詞にも原曲とは一部相違があります。来生えつこによると「手直しの段階のバージョン違いで意図したことではない」という理由だそうですが・・・曲のタイトルという重要な部分の歌詞であるがゆえ、僕はこの証言はかなり眉唾だなあと感じています。

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「miss you  m-flo loves melody. & Ryohei 」2007

 


miss you / loves melody. & Ryohei とライブの終わりのアーティスト集合まで

 

m-floの「COSMICOLOR」ツアーの横浜アリーナ公演ですね。「LIVEは生もの」というような考えとは、一見正反対のようなステージですが、実はこれは相当難しくて、なおかつ大変なことをやっているのだなあと感じますね。

 

邦楽の世界の「ZERO年代の再考」というのは未だになされていませんが、彼等がその時代のマスターピースの一つである事は間違いないでしょう。

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「海 その愛 加山雄三」1990頃

 


加山雄三  『海 その愛』

 

シオノギ・ミュージックフェアでの加山雄三のピアノ弾き語りですね。

 

昨年伊豆に行った際に、ふと気が向いて西伊豆周りで帰ってきたのですが、その途中で出現した「加山雄三ミュージアム」の威圧感にひれ伏す思いがしたものです。結構お客さんもいたしなあと。

 

1976年に制作されたこの曲は、加山が事業の失敗により20億とも30億ともいわれる大借金を抱えていた頃に制作された曲でありまして、もともとはアルバムにからあぶれたボツ曲だったそうです。

 

しかしながら、そんな曲が加山雄三の復活の象徴になるのですから、何が幸いするかわからないというか・・・そもそも何でボツ曲だったのかと聞いてみたいですけどね

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「トルコ行進曲 ユジャ・ワン」2006

 


Turkish march Yuja Wang short version

 

今キャリアの全盛期を迎えている中国人ピアニスト「ユジャ・ワン」の学生時代の演奏ですね。この映像は僕が初めて視た(聴いた)ユジャワンで、その時はニコニコ動画でした。

 

これは普通のトルコ行進曲ではなく、ヴォロドスの超絶技巧変態アレンジ版ですね。もはや人間業じゃないレヴェルですね。

 

この翌年、ユジャ・ワンはアルゲリッチの代役(アルゲリッチ本人が指名)としてボストン交響楽団と共演し、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を見事に演奏。そこから世界的にブレイクしていく事になるのです。

 

彼女はセクシー衣装でも話題になっておりますが、僕は第一印象時から「なんか松野明美に似ているなあ」で思考停止しておりますので、失礼ながら「誰得感」が半端ないです。はい。

 

「恋愛レボリューション21 モーニング娘。」2000

 


(2000.12.23) モーニング娘。「恋愛レボリューション21」

 

2000年の年末の「ミュージックス」の年末特番のモーニング娘。です。

 

前に話した『中森明菜』や『少年隊』なんかもそうですが、単純にパフォーマンスが視ていて面白いですよね。そして楽曲そのものの力も、これはかなりのものなんだなあと感じます。

 

メンバーのキャラが立っているという事も見逃せません。今でもこのメンバーなら名前と顔が一致しますし(あだ名だけど)、それぞれの役割というか、その立ち位置がはっきりしている事って大事なんだなあと思いました。

要は単一エースでも全員がエースでも、たぶん少し退屈なんだと。

 

 

「サティスファクション ローリングストーンズ」1969

 


The Rolling Stones - Satisfaction (LIVE) HD

 

ローリングストーンズのハイドパーク・フリーコンサートでのサティスファクションですね。

 

1964年ごろからストーンズ内では麻薬が流行りはじめ、その後メンバーが次々裁判を受けるようになり、遂にはバンドはライブ活動停止状態になります。

 

復活を果たそうと頑張るミックやキースをよそに、バンド内のパワーバランスなどでも悩んでいたブライアン・ジョーンズは、薬物により依存するようになってしまい、レコーディングもまともにできなくなります。

 

1969年6月8日にブライアンはメンバーに見捨てられる形でストーンズを脱退させられます。ストーンズは新メンバーをミック・テイラーに決めて、そのお披露目ライブを、同年7月5日に、このハイドパーク・フリーコンサートで行おうとしました。

 

しかしながらライブ2日前の7月3日に、ブライアンが自宅のプールにて溺死してしまいます(オーバードーズ)。それによりコンサートは急遽「ブライアンの追悼コンサート」として行われる事になったのでした。

 

実際にブライアンにクビの宣告をしたのはミックでしたので、その精神状態はこのとき如何ばかりだったのか?本当にバンドと言うか・・・まあバンドのみならず、仕事が絡んだ男の関係というのは、実際難しいものですね。

 

 

「夜の集会(Kalimanku Denkou) ビンカ・ドブレバ」 2012

 


Kalimanku Denkou, Pletenitsa Balkan Choir, featuring Binka Dobreva

 

バークリー音楽大学パフォーマンスセンターで行われたブルガリアヴォイスの「夜の集会」ですね。僕のとても好きな曲です。

 

ブルガリアヴォイスは、あの細野晴臣をして「この地球上で最も洗練されていて、最もバランスを持った音楽」とまで言わしめているものなのです。僕も高校時代にこの音楽に触れ、感受性MAX期にとても大きな影響を受けたものでした。

 

ソリストの比重の大きい曲も多いので、このビンカ・ドブレバやヤンカ・プルニカの後を継ぐような若い人に、これからもどんどん登場してもらいたいものです。はい。

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「undercooled  坂本龍一、MCスナイパー、ウェイウェイ・ウー、Taku、小山田圭吾」2004

 


Ryuichi Sakamoto Feat Mc Sniper & TakuM Flo - Undercooled

 

坂本龍一が中韓と共演したMステでのパフォーマンスですね。

 

この曲はもともと韓国語バージョンとフランス語バージョンが制作される予定でしたが、MCスナイパーの真摯な姿勢に感銘を受けた坂本が、韓国語バージョンのみにしたそうです。

 

主旋律を奏でる二胡の響きも美しく、なんというか、みんな仲良いって素敵なことだなと思いますね。ほんとに。

 

 

「ジョニーB.グッド チャック・ベリー、ブルース・スプリングスティーン」1995

 


Chuck Berry With Bruce Springsteen & The E Street Band - Johnny B. Goode

 


ロックの殿堂ライブにおける今は亡きチャックベリーのパフォーマンスです。この時点で70歳だったそうですが、ダッグウォークのキレはさすがですね。

 

この動画は「スプリングスティーンが憧れの視線でずっと見ている」と思われがちですが、実はそうではないのです(まあ少しはそういう思いもあるだろうけど)。

 

この時、スプリングスティーンはチャック・ベリーから「今日はチャック・ベリーをやる」としか聞かされていなかったのです。まさにぶっつけ本番。それゆえにスプリングスティーンは、チャック・ベリーから何かキューを出されないかと、常にそちらを見ていたという話なのでした。

 

さらにこのライブの際のチャック・ベリーの「ロック=ビジネス」という徹底した姿勢にスプリングスティーンは驚いたそうですが、まあそこに至るまでは、おそらく色々とあったのでしょうね。



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