ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【沢村一樹】若き日の沢村一樹が教育係【平成2年の今頃の話37】新宿復帰

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※ここは常に30年前の話をするカテゴリイです

30年前の学生生活を振り返るお話。今日はあの沢村一樹氏に僕が世話になったという話ですね。

 

 

 

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新宿に友人を訪ねて

 

30年前、武蔵野美術大学に入学し、大学のそばにある小さな学生街で暮らし始めた僕ですが・・・あっと言う間に直前まで住んでいた新宿が恋しくなってしまいました。そしてGWになろうかというその時に、新宿に住んでいた頃のボロアパート『新兼荘』に思わず行ってしまいました。そこは僕の友人の「ジムモリソン男」が引き継いでいてくれたのです。少し前にカッコいい事を言って別れたばかりなのに・・・なんとも情けない話です。

 

 

↑新宿を離れた日の話↑

 

ジムモリソン男は既に新生活に馴染んでおりました。彼は予備校に通いつつ、夜は歌舞伎町で働き始めていたのです。

 

「歌舞伎町って、ホストでもやってんの?」
「いやいや、オールディーズのライブハウスだよ」

 

それで気が付いたのですが、ジムモリソン男の頭はロン毛からソフトリーゼントに代わっておりました。

 

「仕事は面白いしライブもタダで観れるしさ。チップはもらえるしファンはつくし、それで一か月働けば結構貰えるはずなんだよなあ」

 

それを聞いて僕は「歌舞伎町で派手に働くジムモリソン男の姿」を想像しました。実に似合っています。そして小さな学生街でしょぼくれている我が身と思わず比べてしまいました。そんなわけで僕は

 

『新宿で遊んで金を貰えるなんて、なんて羨ましい奴だ』

 

と、完全に間違った理解をしてしまったのです。

 

 

新宿で「暮らす」から「働く」へ

 

大学は予備校以上にお金のかかるところでした。そもそも入学してから「何もかも実費」という事を知ったという・・・まあ、考えてみれば当たり前の話なんですが・・・ これには本当に参っていたのです。

その状況でジムモリソン男のバイト話を聞いた僕は、すっかりその気になってしまいました。新宿に戻れて金がもらえるなんて一石二鳥です。そして刺激を求めていた僕にとって「夜の新宿歌舞伎町」という街は、これ以上ないほどに魅力的だったのです。

 

「俺もそこで働いてみようかな?」
「え?わざわざ新宿でバイトするのかよ?」
「いやあ、なんか面白そうかなって・・・」
「まあ今ちょうど人を募集しているけどさ」
「おお良かった!」
「でも仕事はハードだぜ、それと・・・」
「それと?」
「カッコ良すぎる人がいるからなあ」
「?」
「たぶん自分が嫌になるぜ」

 

僕はその言葉の意味が解りませんでした。なんせジムモリソン男は女たらしでモテモテですし、僕も御存じのように端正な顔立ちをしていたわけです。それなのになんで赤の他人が嫌になるのかと。

 

「まあ行けば解るよ」

 

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僕は直ぐに履歴書を書き、ジムモリソン男と新宿歌舞伎町のライブハウス「アムトラック」へと行きました。そこでマネージャーと面接します。電話が無い事に少し難色を示されましたが、そこはバブル期の人手不足です。僕はその場で即採用となり、翌日から勤務することになりました。労働時間はPM8:00~AM3:00×週5という実に狂ったものでしたが、僕はまあ何とかなるだろうなとその時は甘く考えておりました。

 

 

カッコよすぎる人登場

 

翌日。いよいよバイト初日。僕は歌舞伎町の娯楽施設ビルのひっそりした控室で、教育係の人を待っておりました。

 

「お疲れ!今日から宜しく!」

 

しばらくして登場した教育係の人を見て、僕はとてもびっくりしました。その人があまりにもカッコ良かったからです。

 

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爽やかすぎる笑顔、 180越えの長身、抜群のスタイル、甘いマスク、きりっとした瞳・・・その何もかもがとてつもない美形なのです。僕の当時のNARCISSISMなんか一発で吹き飛んでしまう衝撃でありました。

 

その人は現俳優の沢村一樹でした(その時は本名だったけど)。そう、あのエロ男爵の若き日の姿なのです。

 

颯爽と登場した沢村さんのあまりの格好良さに、 僕は完全に圧倒されてしまいました。そのスマートな対応もプラスされ なんて格好いい人なんだ・・・ジムモリソン男の言葉は嘘じゃなかった」 と、ペーペーでありながら、思わず見惚れてしまったのでありました。

 

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そして顔も良いけど教えるのも上手い人でした。僕は基本的な就業形式に接客、段取り、洗い場、ホール業、バーテン業、 発注の仕方、さらには客あしらい&女あしらいに至るまで教え込まれました。サービスの世界なんて始めての僕からすれば、ここで社会人というか、 その後も続く大人の男の「基盤」みたいなものを、この時にきちんと 教わる事ができたわけですね。これは実に有難かったです。

 

 

 

裏表のないカッコいい人

 

それで当時の沢村さん本人はというと・・・

その人間性というものは、現在のパブリックの印象とあまり変わらないのです。 美男で上品で奇抜なエロ兄さん。つまり本当に裏表のない人ですね。 だからこそ、このように気兼ねなく昔話が書けるわけなのです。 ほんと、嘘もないし陰もなかったなあと。

 

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その頃の沢村さんは既にモデルの仕事を始めていた時期でした。 ある時「ホットドックプレス」かなんかのマニュアル指南記事に沢村さんがモデルで載っていて・・・それが「合コン隊長A君の奮闘期」なんて実に爆笑もので、客の女の子たちと大笑いしながら見てたら、 本人にバッチリ見つかってしまい、大目玉を食らった事がありました。すみません。

 

そういえば歌も上手かったですね。他の先輩達とアカペラのバンドを結成していて、沢村さんはメインボーカルでした。デモテープの歌取りを僕も見学したのですが、これが本当に上手でした。一緒に聴いていた箱バンのボーカルの人も絶賛していた記憶があります。

 


JUJU 『believe believe feat. 明辺悠五』Music Video

 

んで、つれづれ思い出すに・・・

夜の盛り場という事もあり、当時は仕事の後によく飲みに行きました。 そもそも遅番だと仕事の終了が午前様。始発まで遊ぶしかないのです。 沢村さんは基本的には早番の人だったのですけど、週末はバイトのトップとして最後まで残ってくれてましたので・・そこでの楽しい思い出は尽きないわけです

 

沢村さんと一緒に歌舞伎町を歩く際の、街の女性の反応も面白かったですね。 これぞ正に「モーゼの十戒状態」というべきか・・・多少アルコールが入って遠慮のない女性たちの、今で言う「ガン見」っぷりは、後ろから見ていても恐ろしいものがありました。

そしてそういう光景を見ると、僕等も改めて「やっぱり格好いいんだなあ」と思い直すわけです。さらにはそれが 嫌味じゃないのが、この人の良さなんだなと感心する事しきりでした。

 

裏表のないエロい人

 

ここまでは、まるで聖人君子のような話ですが・・・

やはりそこはセクスィ沢村。 当時から強烈なエロ男爵であり、さらには奇人でもあったのです。

 

当時、始発待ちの遊びの場に同席する女子達 (客や一期一会系) への、沢村さんのエロトークの凄まじさと言うものは、ちょっとここには書けないレベルのものがありました。そしてそれがまた人徳(イケメンに限る系)と言うか・・・

 

普通の人間が言ったら一生レベルで嫌われるようなエロ話を言っても、沢村さんが言うと許されてしまうのです。あのルックスであるがゆえの安心感と言うか、そしてその場で僕は、沢村さんの話に楽しそうな女の子達に愛想笑いしながら、

 

「なんだかノルウェイの森みたいだな・・・やれやれ」

 

などと思っていたことは言うまでもありません。

 

(そういや本当の本当にどうでもいい事ですが、沢村さんがたまにエロ関係の事を「資料」というのは僕からのパクリです)

 

まあ沢村さんはエロだけではなく、

 

「妹のかたきを踏みつけるブルース・リーの顔真似」とか、

 

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「小指を立てて振り付きで歌う“抱きしめてTONIGHT”」

 


田原俊彦 抱きしめてTONIGHT

 

なんてのも侮れない芸だったし、そんなものでも、しっかりウケをとってしまうというのは、やっぱりエンタメの才能だったのだろうなと今にして思います。そしてやっぱりそこにあるサービス精神というもの。そういうものを自然と持ちあわせているスター性のある人でした。

 

といっぱい褒めたので、沢村さんのお話は今回限りでおしまいです。
これからもずっとずっと、シブく活躍していってほしいですね。

あー、すっきり。

 

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