ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【雨歌】雨の日に聴きたい曲【毎年ヘビロテ】ドライブミュージック

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梅雨時はどうしても憂鬱な気分になってしまいがちですが、ここは素敵な音楽の力を借りて気分転換です。雨の日常をロマンティックに乗り越えていきましょう。

 

 

 

 

「雨は毛布のように」キリンジ

 


キリンジ - 雨は毛布のように

 

キリンジが2001年にリリースした7枚目のシングル曲で、都会的なアレンジが光る隠れた名曲です。この曲はコーラスにaikoさんが参加したことでも話題になりました。はい、さすがは鼻が効いますね。

そんなわけでキリンジです。相変わらず顔が薄気味悪いし、Bメロが若干適当ですが、全体的になんとも耳障りが良い、梅雨場のドライブにピッタリの曲ですね。

しかしながらこの曲のPV。実は「カッコ悪いPV大賞」にノミネートしようと思ったほどの妙な代物なのです。そこではダンサーの川口ゆいさんが、まるでヤバい人のようなダンスを披露しており、さらにもっとヤバそうな顔をしたキリンジの演奏カットが挿入されるというものなのです。

そもそも「雨は毛布のように」というタイトルだからといって、雨の中、毛布にくるまって一心不乱に踊らなくてもいいんじゃないかと思うのですが・・・これって米津玄師さんのLEMMONとか、紅白とかでも見受けられるな演出ですよね。周囲で一心不乱に踊る系演出。でも正直、ヤバいやつにしか見えません。

 

「バカンスはいつも雨(レイン)」杉真理

 


グリコ セシルチョコレート

 

名CMソング「ウイスキーがお好きでしょ」を手掛けたことでも有名な杉真理さんが1982年にリリースした曲です。杉さんは誰しも認める凄腕ミュージシャンでありますが、実はこの曲が本人名義のほぼ唯一のヒット曲になっております。

モップスの「たどりついたらいつも雨ふり」となんとなくタイトルが似ていますが、その内容は竜雷太さんと峰竜太さんくらい違います。まあいかにもな『80年代的片思いソング』という感じですね。

この曲は堀ちえみさん主演のセシルチョコレートのCMソングでもあったわけですが、僕の娘がそのCMを見て『なんでこんな変な髪形をしてるの??』と大笑いしていました。冗談抜きでコントだと思ったそうで、曰く『ヘルメットみたい』とのこと。

「これは聖子ちゃんカットといって当時の女の子はみんなこの髪型をしていたんだよ」

と言っても、なかなか信じてくれませんでした。はい。

 

 

「June」スガシカオ

 


スガシカオ - June

 

2004年に発売されたスガシカオさんのアルバム「TIME」の収録曲です。それでこの曲はシングルではないのにも関わらず、積水ハウスのCM曲に採用されており、なおかつ玉置鉄二さん出演のPVも制作されています。

まあ歌詞はちょっとイマイチ(CMは実に上手い部分を切り取っていた)ですが、イントロが素晴らしくてつい聴いてしまいますね。

そしてこのPVもかなりなんだかなあという内容で、特に主人公は優柔不断のくせに諦めだけは速く、さらには何事もタイミングも悪いという、ちょっと周囲にはいてほしくないタイプの男なのです。ほんと仕事を辞めるあたりなんかは、さすがに無責任だろうと思います。

 

しかもこの結婚式・・・下手したら全てブチ壊しですよ。この後の二次会の雰囲気がどうだったのか実に気になりますよね。

 

 

「土曜日の恋人」山下達郎

 


土曜日の恋人  山下達郎

 

1985年に山下達郎さんがリリースしたシングルで、1983年の「パレード」に続き、本人2曲目の『ひょうきん族EDテーマ曲になっています。

 

雨の日もそうですが『土曜日感』が半端ない曲ですね。前述のように『オレたちひょうきん族』のEDテーマだった曲ですが、『土曜の夜のバラエティ番組のED曲』に、こういう曲たちを選んだ(実は山下さん本人が売り込んだらしい)当時のフジテレビのセンスは、半ドン的に、80年代的に、実に素晴らしいなと感じてます。そしていまだにその成功体験を引きずりすぎているからダメなのですが。

しかし改めて聴くに、なんて良い曲なんだろうと。いまさら思わずじんわりしてしまうのは、あの懐かしい土曜日の夜のざわめきのせいなのか・・・それとも過ぎ去った時の重さのせいなのか・・・

 

 

「ドラマティック・レイン」稲垣潤一

 


稲垣潤一「ドラマティック・レイン」

 

1982年に発売された稲垣潤一さんのサードシングルです。作詞を担当した秋元康さんは、放送作家から作詞家への転進を図っていた時期であり、この曲のヒットにより自信をつけたそうです。

 

そしてこの曲を聴くと思い出してしまう、どうでもいいエピソードがありまして…

 

僕は中学時代に水泳部に在籍しておりました。それで4月の終わりにはプールでの練習を始めていたわけなのです・・・が、東北福島の4月末というものは、関東に比べてかなり寒いものでして、僕らはいつもプルプル震えていたものです。

当然のことながら真水であるシャワーというものも、これがまた冷たい事この上なく、僕らはそれを『地獄のシャワー』と呼んで恐れていたのですね。

しかしながら2学年上の「としのぶ先輩」は、いつも真っ先に地獄のシャワーを浴びに行く男らしい人だったのです。そしてその際には、必ずこの「ドラマティック・レイン」を身もだえしながら歌っていたという話なんですな。

その様子は本当に面白く、僕らは本人のきつさを顧みず、ついつい何度もリクエストしてしまったのですが・・・人の良い「としのぶ先輩」は唇を青くしながらも、身もだえしつつ、この歌を何度も熱唱してくれたという遠い日の思い出ですね。はい。

 

 

「恋音と雨空」AAA

 


AAA / 「恋音と雨空」Music Video

 

AAAが2013年にリリースしたシングルで、恋愛に効き目のある「恋歌」として、若い世代の人気の曲になっております。

AAAはあのマックスマサが「女子を混ぜたら許してもらえるかと思ったら、それでもダメだった」とボヤいていたグループですね。

業界のジャニ忖度と言うのは恐ろしいものです。まあ、それはさておき…

NHKの紅白歌合戦の出場者の選考については、毎回色々と話題や問題になりますが、正直この人たちは「それほどヒット曲もないのに、何故彼等は毎年紅白に出場できるのだろう?」という感じでしたね。男女混合の強みを生かして、紅白入れ替わりで出場するなど、最終的に7年連続で紅白に出続けたことになります。

そんな訳で、年に一回、紅白で彼等を視るのが恒例になっていたので、なんというか「年末に実家で顔を合わせる親戚の子供たち感」すら出てきてしまったのが自分でも怖かったです。

 

そんなわけで紅白で三回くらい聴いた曲です。なかなか良い曲だけど、尺がちょっと長いかな?まあメンバーみんなが歌わないとといけないしね。

 

 

「RAIN-DANCEが聞こえる」吉川晃司

 


52 RAIN ANCEがきこえる

 

1985年にリリースされた吉川晃司さんのシングルですね。彼のイメージがパステルカラーから黒に変わっていった時期の曲です。この曲も黒のレインコートが実に似合ってますね。はい。

ナべプロをやめるまでの吉川さんは、新しさとカッコよさと、そして独特なダサさが上手く融合していた、全方向に魅力的なアーティストでした。

そんなわけで、当時僕は吉川さんが愛用していたサングラスが欲しくてたまらなくなり、ファンシーショップ (文化通りなどの雑貨屋) などを探っていたのですが…Lunetta BADAの高級サングラスがそんなところにあるはずもなく (万が一あっても中学生には買えない値段だよ…まあ今もか…) 、なんとなく似たような形の1000円のサングラスを買って、それを吉川のごとく華麗に投げていたというわけなんです。はい、あほです。

しかしながら当時の中学は坊主頭が強制でして…坊主頭にグラサン&パステルカラーのジャケット (2千円くらい) で決めていた僕は、今にして思えば、吉川というよりも、時期的にも、どう考えても爆風のあの人でしたね・・・(遠い目)

 

 

「水曜日の午後」オフ・コース

 


オフコース 水曜日の午後

 

オフコースが1973年にリリースしたデビューアルバムの収録曲ですね。

この美しいコーラスとは裏腹にというか…鈴木の82年のオフコース脱退以後、40年近く経った今に至るまで、二人は一度も顔を合わせていないのです。そして彼らの再結成というのは今後もあり得ないという話なのですな。

以前は「そこまで引っ張らなくてもねえ。お互い大人なんだから、そろそろ水に流して一回くらい一緒にやればいいじゃん」と思っておりましたが、なんだか僕もそんな気持ちが解ってきたというか…過ぎ去りしそれが美しい思い出なら、それはそれでそのままでいいのではないかと、そんな風に思ったりもしています。

 

 

「パープルレイン」プリンス&ザ・レボリューション

 


Purple Rain (Live 1985 AMAs) Prince & The Revolution

 

1984年に公開されたプリンスの映画『パープルレイン』の表題曲です。大作バラードですね。

多感なミドルティーン期。それはビートルズとストーンズの時代ではなく、マイケルとプリンスの時代だったという話です。

 

♪I never meant 2 cause u any sorrow
I never meant 2 cause u any pain
I only wanted 2 one time see u laughing
I only want 2 see u laughing in the purple rain♪

 

顔同様、カメレオンのように多彩な音楽スタイルを持つプリンスですが、そんな彼の一番の代表曲が、ある意味古臭く、そして解りやすいラブバラードだというのは、なんだかとても素敵な話だと思います。

 

 

「RAIN」SEKAI NO OWARI

 


SEKAI NO OWARI「RAIN」Short Version

 

SEKAI NO OWARIか2016年にリリースしたシングル曲で、「メアリと魔女の花」のテーマ曲ですね。

実にストレートなメッセージソングであり、映画のイメージ通りという感じで(観てないけど)、なかなか良いのではと思います。

そしてストレートで思いましたが、このSEKAI NO OWARIというバンド。設定とかファッションとかを、いわゆるサブカルチャー的なイメージで売り出していましたが、ある程度時間が経って見えてきた実像というのは、それと全く異なる姿といいますか・・・まさに直球ど真ん中の「青春王道バンド」という感じが僕はしているのです。

だからグループ分けで言えば「いきものがかり」とかと同じですね・・・って、悪口じゃないですよ。毎回、メロディアスかつキャッチャーな曲をよく作ってくるなあと感心してます。はい。

 

「瞳はダイアモンド」松田聖子

 


松田聖子 瞳はダイアモンド

 

松田聖子さんが1983年にリリースしたシングルで呉田軽穂こと松任谷由実さんの提供曲ですね。

この曲は聖子さんが1980年にデビューして以来、初の大失恋ソングです。そもそも作詞の松本隆さんが、それまで失恋ソングというものに対し「自虐的だ」と否定派だったそうです。それ故にこの曲は、聖子さんのみならず、松本さんも『新境地に挑んだ作品』になっております。

そして懐かしの正調版夜ヒット。雛壇に郷ひろみさんがいるのがポイント高いですね。

 

 

「眠れぬ夜」西城秀樹

 


西城秀樹 眠れぬ夜 (1981)

 

西城秀樹さんが1981年にリリースしたシングルで、当時人気だったオフコースの名曲をカバーしております。

この映像は凄いですね。これは『ザ・ベストテン』でも『ザ・トップテン』でもない『NTV紅白歌のベストテン』ですよう。なかなかマニアックですね。

まずは秀樹さんのルックス。このころは25歳とかそのくらいの時期ですが、なんというオジサン感・・・これで今のKis-My-Ft2とか伊野尾なんちゃらより遥かに若いわけですからね。昭和恐るべしという感じです。

当時人気絶頂の「ザ・ぼんち」も、今となっては何が面白いのか全く分かりませんし、この演出もこの曲に対してどうなんだろうと・・・まあ仕方ない。

 

当時「西城秀樹の『眠れぬ夜』って良い曲だよなあ」とつぶやいた小4末期の僕に対し、「その曲はもともとオフコースの曲なんだよ。お兄ちゃんが持っているもん」と教えてくれたのはクラスメイトの女子でした (ユキコだ。懐かしいな)。

その後しばらくして、レコードショップの店内で流れていたのが、オリジナルであるオフコースの『眠れぬ夜』でして、僕はそこで本当に音のシャワーを浴びたような、それまで経験したことのない衝撃をうけたのです。はい。

www.youtube.com

 

 

「ラヴスコール」サンドラホーン

 


「ルパン三世part 2」エンディングテーマ『ラブ・スコール』

 

ハワイアンの歌手のサンディことサンドラ・ホーンが歌うルパンのED曲です。

さらに詳しく言えば、これは新ルパン三世(赤ルパン)の3代目のED曲です。『ルパン三世』が一番勢いのある時期にオンエアされていましたので、なんとも懐かしい気持ちが込み上げてきますね。

当時は平日夕方の日テレ系の『アニメ再放送枠』で、しょっちゅう新ルパンが放送されていました。そのせいなのか、この曲の『小中学生的1日の終わり感』はなかなかのものでしたし、さらには雨と夜というのは、子供にとって実に重たいものなんだなと改めて感じたりします。はい。

 

 

「雨のタップダンス」大澤誉志幸

 


大沢誉志幸/雨のタップダンス #Lyrics

 

大澤誉志幸さんが1984年にリリースしたサードアルバムの収録曲ですね。80年代邦楽を代表する名盤「CONFUSION」において、名曲「そして僕は、途方に暮れる」の次のトラックがこの「雨のタップダンス」なのです。この2曲を続けて聴くと、そのあまりのセンチメンタリズムというものに、雨の日の心というものが、完膚なきまでに打ちのめされるような感じになります。

 

♪見慣れない服を着た 君が今 出て行った♪

♪君がいなくなれば 僕は一人きりさ♪

 

ちなみにこのアルバムのニューヨークでのレコーディング中に、所属事務所から「後輩の吉川晃司のプロモーションに注ぎ込むので、君にはもうお金を出せない」と、資金提供を打ち切られたことを、いまだに大澤さんは恨んでいるそうです。

 

「雨音はショパンの調べ」小林麻美

 


雨音はショパンの調べ - 小林麻美

 

小林麻美さんが1984年にリリースしたシングル曲で、TVなどでの歌唱機会がなかったにも関わらず、オリコンチャート1位を獲得する大ヒット曲となりました。もはや定番すぎて挙げるのをためらったほどの雨曲ですね。

ユーミン作曲と誤解されている人も多いようですが、実際にはこの曲は洋楽(イタリア)のカヴァー曲で、その日本語歌詞を松任谷由実さんが担当したのですね。だから歌詞のみです。

そしてその歌詞に「麻薬」というフレーズが用いられている事が一部で問題となり、NHKが放送禁止楽曲に指定した事も話題になったりしましたね。

それで小林さんは以前からモデル的な立ち位置のタレントとして有名でしたが、この曲のヒットでより一層全国区のタレントになりました。
当時、日曜日の深夜に小林さんのラジオ番組をやっていたのですが、その番組はアンニュイな雰囲気がこの上ないものであり、「サザエさんシンドローム」どころではない「負の日曜日感」を醸し出しておりました。
1991年に育て親の田辺社長と結婚してから、小林さんは殆ど表舞台に出てきませんが、今でもあのスタイルをキープしており(!)、とても美しいマダムになっているそうです。

 

 

※今後も随時「雨歌」を追加していきます!

 

 

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