ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

【令和2年の今頃の話その40】「ノイローゼ寸前」

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 30年前の今頃、僕はムサビに一浪で入学し、昼間は大学生、夜はライブハウスの店員という二重生活を送っておりました。

そのライブハウスは新宿の歌舞伎町にあったオールディーズの大箱でありまして、飛沫感染どころか男女混合濃厚接触極まれりな毎日を送っていたのです。今だったら確実に炎上案件ですね。はい。ではその頃のお話です。

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深夜バイトで次第におかしくなる

そんなわけで当時の僕の生活は

【一日で夜のバイトに費やす時間12時間半。残りの11時間半で授業を受け、友人と遊び、彼女に連絡し、食事し入浴し、あとは睡眠時間】

というものでした。若さゆえの滅茶苦茶です。とりあえず最初は何とかなっておりました。

 

しかしそんな日々が2か月も続くと、だんだん精神的におかしくなってくるのがわかりました。やっぱり若かろうが無理なものは無理なのです。

 

彼女の留学話にノイローゼ気味に


斉藤由貴 いちご水のグラス

 

それに加え、当時の僕は芸大の音楽の女の子と付き合っていたのですが、その子が入学後しばらくして留学に行くことになったのです。留学と言っても、そもそも短期ですから少し我慢すればいいだけの話だったのですが、当時の僕にとっては、その時間は永遠のようなものでしたし、そういうものを受け入れるだけの人間性というものも、その頃の僕には育っていなかったのです。

そんなわけで過労と苦悩でノイローゼ寸前なところで、何とか夏休みになったのでした。

 

小信の彫刻鑿

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ハードなバイトで稼いだお金で、まず最初に僕は彫刻ノミと彫刻刀を買いました。田無市(現西東京市)の『小信』という彫刻家御用達の老舗の高級なものです。それも揃いで買ったので結構な額になってしまいましたが、たぶんその時の経済力でなければ買えなかったものなので、買って良かったなと思っています。ちなみに30年経った現在でも現役ですね。

 

月刊カドカワ

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バリバリの現役編集者だった見城徹氏が手掛けていた『月間カドカワ』が、ミュージシャンの大特集をするというスタイルで滅茶苦茶に売り上げを伸ばしていた時期でした。彼は移籍トラブルでCDをリリースできない状態だった尾崎豊にも目を付けて、彼に曲ではなく文章を書かせ、それを大々的に月刊カドカワにフィーチャーさせていたのです。

そんなわけで尾崎豊復活かという話題が持ち上がっていた時期だったのですが、そんなある日、バイト先の常連さんだったギョーカイ関連の人が「尾崎?ああ、あいつは全然止めれてないよ」と、あっさり切り捨てたのです。僕はそれを聞いて「うわあ、この人が言うならマジなんだろうな」と思いましたが、結果的にマジでしたね。

 

カルーアミルク

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バイト先では次第にバーテンもやらされるようになったのですが、とにかく女性客の『カルーアミルク』人気は物凄かったですね。もう本当に飛ぶようにミルクが無くなっていく感じでした。僕はバーカウンターの中でミルクを注ぎながら「バーでミルクだなんて、キャプテンハーロックでもあるまいし」と、マニアックに毒づいていたものです。


親父ミルクをくれ

 

ロングアイランドアイスティー

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カルーアミルクを頼みような層が、シャレオツな名前にひかれて注文してくるカクテルなのですが、これを作るのはバーテンダーにとっては極悪の面倒臭さでして、週末の忙しい時間帯に注文されると、鈍器を探し出して後頭部を殴りたい衝動にかられたものでした。しかも全く美味しくないので(断言)みんな残すんですよね。だから「こんなレシピ(名前)を考えたやつは出てこい!」と、いつも思っていたものでした。

はい。

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