ころまろ☆辛口エンタメ塾

毒舌ネットコメンテーターのサブカル話。たまに愛。

30年前の1990年の話「バブル崩壊と初めての木彫」

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さてさて、50歳記念に10年ごとを振り返っているお話の3回目ですね。今日は1990年。僕が20歳の頃の話です。

 

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1990年の主な出来事

・バブル崩壊
・冷戦終結
・イラクのクエート侵攻
・秋篠宮結婚
・ちびまる子ちゃんブーム
・雲仙普賢岳大火砕流


当時から評判が悪い人

そういや礼宮(現秋篠宮)が川嶋紀子(現秋篠宮妃)さんと結婚したのもこの年でしたね。今も評判が芳しくない秋篠宮ですが、この時も「大喪の礼と即位の礼の間の婚姻だったこと」と、「家柄がどうのということ」と、あとは「兄に先んじたこと」が、一部で猛烈に批判されていました。

さらにはお相手の紀子さんも「紀子さんブーム」という名の人権侵害に見舞われておりまして、アンスコ姿でドタバタとテニスコートを駆け回る学生時代の姿まで報道されていて、僕は『これ視たら、あのエリート外交官は絶対に逃げ出すだろうな』と強く思ったものでした。

「ちびまる子ちゃん」が視聴率40%を記録して、主題歌の「踊るポンポコリン」とともに大ブームとなりました。それで当時「ちびまる子」役のTARAKOさんが、一度だけバイトしていたライブハウスに来たことがあって、周囲のみんなはアゲアゲになっていたものですが、生活が忙し過ぎてそのブームを知らなかった僕にとっては、何だか本当にポカーンでしたね。ちなみに「ちびまる子ちゃん」って、実はこれまで一度も視たことが無かったりします。

 

初めての木彫

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大学に入学して一番驚いたことは「美大の彫刻科なのに木彫を教えることの出来る講師がいなかった」ことですね。本当にどうなっているのかと小一時間・・ですので、僕にとっての最初の木彫は、課題無視の完全なる「自己流夏休み彫刻」だったのです。

 

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そんなわけで、ぶっとい丸太に対して、いきなり丸ノミで彫り出した僕ですが(クレイジー)、それを見た通りがかりの同級生は「そんなやり方では一生終わらないぜ」と笑っておりました。最初は「ふざけんなよ、俺流で絶対に終わらしてやる!」と思った僕でしたが、そのうちに自分でも疑問を感じ始め、色々と技法を調べたものでした。でも木彫の技法書なんて殆ど無いんですよね。ほんとに。

 

完成した作品

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そんなわけで一夏かけて完成した作品ですが、これを見た故加藤昭男教授が、

 

「太い丸太から爪楊枝みたいな細い棒をただ彫り出している作品があって、わしはそれを見ても木が勿体無いとは思わないんじゃが、君のそれは木がとても勿体無く感じるぞ」

 

と、強烈な感想をくれた事は実に痛い思い出です。

そしてまた同級生の超生意気な帰国子女が

 

「ツノちゃんってさ、こういう『素朴』な木彫を彫るんだねえ〜、意外だけどすごく良いと思うよ」

 

と、これもまた全然嬉しくない褒め方をしてくれた事も懐かしいです。ほんとカッパみたいな顔してやがりましたので、玉川上水にでも投げ込んでやれば良かったです。はい。

 

歌舞伎町で20歳に

二十歳の誕生日は、働いていたライブハウスでサプライズに祝ってもらいました。土曜日の満員のステージに突然上げられて、何とも照れ臭かったですね。それで当時はまだバブルの勢いがあり、ライブハウス側も客も「バイトの誕生日だろうが何だろうが、取り敢えず盛り上がれればいい」というノリだったのですが、それが解っていても、やはり祝って貰えるというのは、とても有り難く嬉しく感じました。

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調子に乗ってステージからバック転で飛び降りると、会場はドッカン大盛り上がりになりました。あとでバンドとお偉いさんに御礼に行くと「おかげで凄く盛り上がったよ」と、逆に感謝されたのも嬉しかったですね。はい。

と、まあそんな感じの二十歳でした。

そう言えば今回、当時の自分の写真があまり無いことにも驚きました。結構、人にあげてしまった記憶がありますね。ネガとかはまだあるのかな?

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